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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

病院からの電話

「ハッちゃんが夜になってなんだか震えてるんです。大丈夫でしょうか?」

夜の9時も近い頃、マダムUから電話をいただいた。チンの子犬のハッちゃんはその日の昼下がり、混合ワクチンをうったばかりでした。

「震えているんですか?夜は食べましたか?そうですか。食欲があれば、様子を見れる範囲と思いますが、でも、良ければ連れて来られたらどうですか?」

「はい、じゃあそうします。すぐ参りますので。」

まもなくタクシーに乗ってマダムが来られました。ハッちゃんは竹で編んだ籠に入れられています。
診察室に入ったハッちゃんは一見、元気そうにしています。マダムの下げた籠の縁に前足をかけて身を乗り出し、尻尾をパタパタ振りながら嬉しそうにこちらを見上げていました。

「うむ、吐き戻しはありませんね。では、お熱を測りましょう・・・。」

私は子犬を診察していたが、どうも飼主のマダムのほうが顔色が悪いように思えました。

「あの、マダムは・・・大丈夫ですか?」

「はい、それが・・・、」

マダムの表情が一気に崩れ、急に気弱な目になりました。

「・・・それが、たった今、私が出て来る時に病院から電話があって、妹が危ないからすぐに来てくださいと言われたものですから・・・。」

言い終わらないうちに、マダムの目が潤んできました。

「えっ、それは・・・。
 あの、ハッちゃんをこのままお預かりしましょうか?そのほうがいいんじゃないですか?」

ご高齢のマダムは一人暮らしです。以前からたった一人残った身内の妹さんが入院中で気がかりだとお聞きしていました。

「そうですか、よろしいですか、それじゃあ、そうさせて頂いたほうが私も・・・。」

「はい、具合の分からない子犬を一匹家に残しているのは心配でしょうから・・・」

そのままマダムはタクシーに乗って病院に向かわれました。

さて、そういうことでハッちゃんを預かっていたのですが、それから三日ほどたってマダムはおいでになりました。

「どうも、お世話になりました。・・・妹は、あれからちょっと持ち直しましたが、昨日『一度自宅に戻りたい』と言うので、連れて帰ったところ、まもなく・・・姪の腕にもたれるようにして抱かれて亡くなりました。」

「・・・・・・」

(肉親、姉妹を見送ったら、どんなに寂しいだろうか・・・。
今夜、マダムは大丈夫かな?)

私はそう案じましたが、幸い最近来たばかりの子犬のハッちゃんが、きっとちょっぴりでもマダムを慰めてくれるでしょう。

死の深みに絶望を感じた時に人を慰めてくれるものは、人の優しい言葉であったり、無心な動物のまなざしであったり、

あるいは、信じている永遠の命の希望であったりするのでしょう。
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