暗渠に落ちた携帯(その2)
「ここなの? え? こんなとこから携帯が落ちちゃったの?」
「はい、そうなんですよ。」
マル子は用水路の蓋に膝をつくと、目を凝らして隙間から覗く。プーンと生臭い臭いが漂ってくる。
「あっ、あるね、見える。・・・よりによって、こんな小さな隙間からねえ。ついてないねえ。」
「ううう・・・・・・・」
実習生は情けない顔をしたまま、声がでない。
昔、刀は武士の魂と言いましたが、最近の娘さんには携帯が魂かもしれません。なにしろ財布を忘れる事があっても、携帯だけは手放せない必需品です。
コンクリートの隙間は、幅が3.5cm、長さが12cmでした。しかしながらそのコンクリートの厚みが16cmもあると言うのが、最大のネックでした。これでは何も操作できません。
もともとこれは土木の専門家が機械を差し込んで蓋を開けるためのスペースですから、素人に何ができるでしょうか?
「うーん、どうしようか?」
マル子は少ない知恵をめぐらして、なんとか方法を考えようとします。
「とりあえず、少し上流側へ移動させよう。あっちには鉄格子蓋があるから、向こうの方が見えやすいから。」
「はい。」
マル子は細い長い棒を持ってきて、思い切ってぽんと携帯を弾いた。
(あっ、しまった・・・・)
携帯は思ったほど飛んでくれず、一番難しそうなところで止まった。
(まずかったかな、どうしよう、・・・)
チラと実習生の顔を見る。不安そうに見つめている。
「ちょっと待ってね。」
何も心配ないような笑顔をして、マル子はもっと長い細めの棒を探しに行った。
(なんとかしなくっちゃ・・・)
「無理じゃないの? もう、諦めたら?」
カメ子が同情しつつ、そうささやく。
「うん、でも、もう少し・・・」
いくら捜しても、動物病院でたいした道具が見つかるわけではない。「これなんか、どうかな」と、獰猛な犬を補綴する時に使うワイヤー棒を持ち出してみたが、まったく隙間には入らない。
結局、細めの箒(ほうき)の柄を持ってきただけです。
「よいしょ、よいしょ」
注意しながら少しづつ鉄蓋側に携帯を引き寄せる。これでだいぶ目視が出来る様になった。
携帯は多少濡れているが、幸い防水仕様らしい。
実習生の目に少し希望の火が燈る。
「こうして二本の棒で、持ち上げるから・・・」
深さは1mほどあるだろうか。そこから箒の柄を別々に鉄格子の隙間から差し入れ、左右から挟みながら壁に沿わせながらゆっくり、ゆっくり持ち上げる。
ブーンと蚊が飛んできては、作業の妨害をする。
「あっ、落ちちゃった。もういっぺん。」
「ゆっくりね・・・・あっ、また、落ちちゃった。」
「こんどこそ、少しづつ、・・・あー、また落ちた!」
そんなことを十回ほど繰り返しただろうか、とにかくこれしか方法はなさそうだった。
「ほら、ここまで上がって来た、今、この火バサミで掴むからね。」
火バサミが、実は犬の運動場のウンチバサミであることは、実習生には話してない。今そんなことを言って、彼女に動揺を与えるより、とにかく拾い上げる事が先決である。
「うう・・・もう少し・・・あっ!」
ポチャリ!
火バサミで挟めたと思ったが、端っこを僅かにしか掴めず、無情に滑り落ちてしまった。せめて携帯にストラップでもついていたら随分簡単なんだが、不幸にも一切そういった物はついてなかった。
「滑り止めがいるわね。」
マル子は箒の柄にも、火バサミにも輪ゴムをぐるぐる巻きつけて、滑りにくくした。
「もういっぺんよ、さあ、ゆっくり、ゆっくり・・・」
二本の箒の柄が鉄の隙間から差し込まれ、携帯は再び暗渠の泥底から陽の光が届く蓋まで持ち上げられて来る。
「もう少し、もう少しよ、・・・待って今掴むからね。・・・」
マル子はもう一度火バサミを握ると、慎重に携帯を掴む。
「掴んだわ!今、ゆっくり捻って鉄格子の上に覗かせるから取ってね、・・・ほら、早く、早く掴んで!今取って!」
「は、はい、・・取りました。やった、やった!」
実習生は心から喜びと安堵の声をあげる。
失われていたものを取り戻した喜びが、爆発する。
それを見ているマル子も実に嬉しそう。
梅雨の合間、昼休みの用水路での事件でした。
「わたしと一緒に喜んでください。なくした銀貨が見つかりましたから。」
ルカの福音書15:9
「はい、そうなんですよ。」
マル子は用水路の蓋に膝をつくと、目を凝らして隙間から覗く。プーンと生臭い臭いが漂ってくる。
「あっ、あるね、見える。・・・よりによって、こんな小さな隙間からねえ。ついてないねえ。」
「ううう・・・・・・・」
実習生は情けない顔をしたまま、声がでない。
昔、刀は武士の魂と言いましたが、最近の娘さんには携帯が魂かもしれません。なにしろ財布を忘れる事があっても、携帯だけは手放せない必需品です。
コンクリートの隙間は、幅が3.5cm、長さが12cmでした。しかしながらそのコンクリートの厚みが16cmもあると言うのが、最大のネックでした。これでは何も操作できません。
もともとこれは土木の専門家が機械を差し込んで蓋を開けるためのスペースですから、素人に何ができるでしょうか?
「うーん、どうしようか?」
マル子は少ない知恵をめぐらして、なんとか方法を考えようとします。
「とりあえず、少し上流側へ移動させよう。あっちには鉄格子蓋があるから、向こうの方が見えやすいから。」
「はい。」
マル子は細い長い棒を持ってきて、思い切ってぽんと携帯を弾いた。
(あっ、しまった・・・・)
携帯は思ったほど飛んでくれず、一番難しそうなところで止まった。
(まずかったかな、どうしよう、・・・)
チラと実習生の顔を見る。不安そうに見つめている。
「ちょっと待ってね。」
何も心配ないような笑顔をして、マル子はもっと長い細めの棒を探しに行った。
(なんとかしなくっちゃ・・・)
「無理じゃないの? もう、諦めたら?」
カメ子が同情しつつ、そうささやく。
「うん、でも、もう少し・・・」
いくら捜しても、動物病院でたいした道具が見つかるわけではない。「これなんか、どうかな」と、獰猛な犬を補綴する時に使うワイヤー棒を持ち出してみたが、まったく隙間には入らない。
結局、細めの箒(ほうき)の柄を持ってきただけです。
「よいしょ、よいしょ」
注意しながら少しづつ鉄蓋側に携帯を引き寄せる。これでだいぶ目視が出来る様になった。
携帯は多少濡れているが、幸い防水仕様らしい。
実習生の目に少し希望の火が燈る。
「こうして二本の棒で、持ち上げるから・・・」
深さは1mほどあるだろうか。そこから箒の柄を別々に鉄格子の隙間から差し入れ、左右から挟みながら壁に沿わせながらゆっくり、ゆっくり持ち上げる。
ブーンと蚊が飛んできては、作業の妨害をする。
「あっ、落ちちゃった。もういっぺん。」
「ゆっくりね・・・・あっ、また、落ちちゃった。」
「こんどこそ、少しづつ、・・・あー、また落ちた!」
そんなことを十回ほど繰り返しただろうか、とにかくこれしか方法はなさそうだった。
「ほら、ここまで上がって来た、今、この火バサミで掴むからね。」
火バサミが、実は犬の運動場のウンチバサミであることは、実習生には話してない。今そんなことを言って、彼女に動揺を与えるより、とにかく拾い上げる事が先決である。
「うう・・・もう少し・・・あっ!」
ポチャリ!
火バサミで挟めたと思ったが、端っこを僅かにしか掴めず、無情に滑り落ちてしまった。せめて携帯にストラップでもついていたら随分簡単なんだが、不幸にも一切そういった物はついてなかった。
「滑り止めがいるわね。」
マル子は箒の柄にも、火バサミにも輪ゴムをぐるぐる巻きつけて、滑りにくくした。
「もういっぺんよ、さあ、ゆっくり、ゆっくり・・・」
二本の箒の柄が鉄の隙間から差し込まれ、携帯は再び暗渠の泥底から陽の光が届く蓋まで持ち上げられて来る。
「もう少し、もう少しよ、・・・待って今掴むからね。・・・」
マル子はもう一度火バサミを握ると、慎重に携帯を掴む。
「掴んだわ!今、ゆっくり捻って鉄格子の上に覗かせるから取ってね、・・・ほら、早く、早く掴んで!今取って!」
「は、はい、・・取りました。やった、やった!」
実習生は心から喜びと安堵の声をあげる。
失われていたものを取り戻した喜びが、爆発する。
それを見ているマル子も実に嬉しそう。
梅雨の合間、昼休みの用水路での事件でした。
「わたしと一緒に喜んでください。なくした銀貨が見つかりましたから。」
ルカの福音書15:9
2010-06-28 15:00
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