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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

小説と同じような話題

「14歳の老犬なのですが、寝たきりになり、褥瘡ができてしまったのです。どうしたらいいかと思いまして・・・」

梅雨の雨足が弱まったある日の午後、ムッシュKご夫妻がおいでになりました。

「オシッコで体が随分汚れているので、まだ向こうに置いています。」

そう言われたムッシュの視線の先に目を向けると、外の玄関脇にビニールが敷かれ、茶色の犬が横たわっています。臭いを気にして入れるのを遠慮されたようです。

「どうぞ連れておいで下さい。」

クッション材のビニールシートに寝かされて、中型犬が診察室に運び込まれました。

以前は体重は26kgほどあったそうですが、今は18kgほどになり、三日ほど前からいよいよ立てなくなりました。そのため体中オシッコで濡れています。4時間おきに寝返りをうたせたにもかかわらず、褥瘡はすぐにできてしまったようです。

人も犬も老後は大変です。寝たきりになると、それはまた生涯で特別の時期です。

私はいつもの通り、褥瘡の管理、夜鳴きの対策、認知症の犬の行動などを話します。その後、御夫妻に一緒に手伝ってもらってカメ子とマル子がシャンプーをしました。

終わったあと、カメ子が嬉しそうに報告します。

「そしたらですね、先生、ワンちゃんの体を洗いながらご主人がいろいろ話してくださったんですよ。」

「ふーん・・・」

「『この犬も臭いですが、腐乱水死体はもっと臭いですよ』なんておっしゃるんです。私、一瞬えっ!と思ったんです。この方、監察医かなと。」

「ふんふん」

「それで、『お仕事で司法解剖とかされているんですか?』と聞いたら、『いやそうではないけど、立ち会う事が多いんです。』と、言われてよくわからなかったんですが。」

「うーん」

「腐乱死体は、特に女性の方が体脂肪が多くて、腐敗すると臭くなるとかおっしゃいました。わたしも、時々検視官の小説を読んでいるから、頭の中でそんな事件がぱっと駆け巡りました。」

カメ子は小説の中から飛び出してきたような話題に触れて、目を輝かせている。

「へえ、タンパク質が腐敗するより、脂肪が腐敗する方が臭いのかなあ?・・・」

「よくわかりませんが、そう言われてましたよ。うちにはだいぶ昔に来られたそうです。今回は久し振りみたいです。
転勤が多いようですが、『また福岡に戻れるとは思わなかったねえ』と、ご夫妻で話しておられました。転勤先へも犬をいつも連れて行かれた様子でした。」

「へーえ」

きっと、丁寧で細かい事もきちんとされる方なのだろう。うちにはカルテさえないのに、ムッシュは診察券をちゃんと保存しておられたようですから。
それに、転勤先に、いちいち犬を連れて行くのは大変な努力がいるのは、よく承知しています。それを、ずっとされてこられたのでしょう。

さて、ワンちゃんは奇麗に洗いあがりました。良い香りに包まれ、数日間だけかもしれませんが、世話が楽になるでしょう。

最後まで、ご夫妻らしい温かい世話をされることでしょう。
スタッフ達もそんな事を感じ取ったのか、今日は尿まみれの犬の体を洗ったあと、随分嬉しそうにしていました。
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