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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

妹さんと重ねて

若いマダムがその犬が抱えてこられた時は、ノンちゃん(仮名)はもう立てない状態でした。真夏の太陽が照りつけるお昼ちょっと前、硬い表情で中型犬の雑種を両手に抱いて、ご家族と一緒に入ってこられました。

ノンちゃんは10歳の女の子でした。

診察台に寝て荒い息をするノンちゃんはお腹がふくらみ、見た目にも腹水が貯まっています。
注射器で腹水を抜いてみると、赤い血が混じった腹水でした。すでにお腹に腫瘍か何か出来ているようです。

「すぐ血液検査だ!」

調べると、白血球数4万近くに増加し、ひどい貧血、そして重度の尿毒症が見られました。かなり重篤な容態です。

「三週間前までは、普通にしていたんですけど。」

ご家族は顔を見合わせながらそう言われます。

小学校一、二年くらいでしょうか、可愛い男の子がマダムにぴったり寄り添って、横から犬を覗き込んでいます。

「左の腎臓が縮んでいますね。・・・腎臓は働けてないようです。」

私は腫れたお腹の中をエコーで見ながら、腫瘍が絡み合って出血している様子を推測した。

「・・・あの、もう助からないかと思いますので、安楽死をしてもらえますか?」

マダムは、最初からあきらめていたように、そう切り出された。

私も治療の道筋を考えたが、この犬を苦しめずに今晩乗り越えきれる可能性は、少ないように思われた。

「尿毒症ですか・・・。妹の時と同じですね。」

マダムはそう言い、お母さんとお父さんもうつむいている。

「実は二年ほど前、妹が子宮頸癌で亡くなったんです。 まだ26歳でした。その時も最後は尿毒症と言われて。

『わたしが苦しむ時は、楽にしてね』と妹に言われたけど、そうもできず・・・、苦しそうなのを見守っていました。」

マダムもご家族もその時のことを思い出して、涙ぐまれている。

「だから、ノンちゃんは、楽にしてあげたいんです。この頃、この犬は、ふらりとうちを出て、隣の人の住んでいない方の家の庭でいつもじっと寝転ぶようになったんです。

あれ、なんでかなあ?・・・って。

そこは前は妹が住んでいたんですが、今は誰も使っていないんです。
妹は、この犬が大好きでした・・・。

そしてこの子は、妹の子供なんです。」

マダムは男の子の肩に手を置き、彼の目を優しく見つめながらそう言われた。

26歳の若さで幼い子供を残して癌に倒れなければならないとは、なんと心残りだったであろうか。

それ以来、いろんな思いを背負いながら、ご家族は暮らしてこられたことでしょう。

私はノンちゃんの最期を見守るご家族の皆さんの心中を察しながら、自分の仕事を果たしたのでした。
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