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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

ロクの冒険

「ごめんなさいね、ロクちゃん、遅くなったわね。」

マダムは柴犬の小さな雄犬ロクにそう声をかけると、リードをつないで散歩に出かける準備を始めた。犬はようやく自分の順番が来たのを悟り、二本足立って甘え声を上げる。
台所の掛け時計に目をやるともう夜の9時をまわっていた。

「なんだかんだで、すっかりこんな時間になったわ・・・。」

ぶつぶつ言いながらマダムが出かけようとすると、新聞を読んでいたムッシュが呼び止める。

「おい、なんだってこんな時間に犬を連れ出すんだよ、もう止めとけよ。」

「だってトイレぐらい出さないと、ロクが可哀想じゃない。すぐ帰るからさ。」

そう答えると、マダムは真っ暗になった裏山に向かう。マダムの家は福岡市の郊外、飯盛山のふもとにある。付近は急斜面に山林が広がり、所々にわずかな畑が作られていた。

懐中電灯を照らしながら林道を歩く。ハアハア、ゼコゼコ言いながら、ロクは右に行ったり左に寄ったりしては臭いを探っている。ぴんと張ったリードから、ロクのいかにも嬉しそうな興奮が伝わってくるようだ。

「ロクちゃん、今日はもうあんまり上まで行かないよ。」

しかしマダムのそんな声にはお構い無しに、ロクはずんずん進む。そして、その一途な引きに負けて、マダムもつい「もう少しだけだからね」と言いながらも、なおずるずる進むのだった。

林道は、そばの小さな谷に沿うようにして、ゆっくり登っていた。下草がびっしりとはびこり、育ちそこなったような細い杉の木が、精一杯頑張るようにして森を形成している。

九月の上旬である。猛暑、猛暑で騒がれた夏であったがさすがに山間部では夜の涼気が心地よく、道を挟むようにして広がる草薮では今夜も虫たちが盛んに演奏会を繰り広げていた。

「ロク、もうここまでにしよう、早くオシッコをすませなさいよ!」

マダムがそう声をかけた時である。
道の脇で、草がガサガサと揺れ、シュルシュルと何かが動いている気配がした。

もう十歳を過ぎたロクは決して若い犬ではないのだが、その音に気づいてピタリと足を止めた。そしてじっと音の方向を凝視して耳をそばだてたと思ったら、次の瞬間には弾けるようにその草むらに飛び込んで行った。

「あっ! ロク、・・ロク!!・・・」

               (続く)
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