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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

老境(その1)

「うちの犬が、もう食べんことなりましてね。どうしたらいいでしょうかね。」

それは師走に入ってまもない頃でした。あるマダムから相談の電話を戴いて、昼休みに往診に出かけました。

住宅街の中、草花がいっぱい植わった広い庭の奥、ブロック塀に沿った南の隅に、古い錆びた小さな犬小屋がありました。床の鉄板は腐食して傾き、その上に敷かれたベニアも湿っているようです。

木々の間からチラチラ粉雪が舞い落ちて、風具合では犬小屋にも吹き込みます。ちょっと寒そうです。

「最近、いつもこんな具合なんですよ。」

マダムの指さすその犬小屋の中で、縮まって眠っている一匹の柴犬がいます。
土汚れが乾いたような色の毛をまとい、私たちが来たのも気にせずひたすら眠ったままです。

「この頃はスー君は、犬小屋の中でオシッコしてるみたいです。フードを挙げようとしてもあまり出てこないし、食べさせようと口に持っていったら手を咬みつかれたんです。私、もう怖くなって・・・。」

マダムが困ったようにそう言われました。ムッシュも隣でうなずいておられます。

「うーん、随分弱っているみたいですね。16歳ですよね。やはり寒さにやられたかな?」

高齢なので、認知症も出ていると思われました。それにしても、老犬にはこの冬は厳しいでしょう。

相談の上、とりあえず入院させて様子をみることになりました。

「さあ、おいで!」

鎖を引いて呼ぶと、ふらふら首を動かします。首輪を持って小屋からゆっくり引き出すと、千鳥足で立ち上がりました。あまり状況がわかってないようで、私たちに特段反応も示しませんが、目の前に何かが接近したら咬みつこうという動作だけします。体から尿臭が漂ってきます。

「じゃあ、お預かりしますね。」

「はい、後で手続きにお伺いしますので。」

マル子に後部座席でスー君を持ってもらい、私は車のエンジンをかけました。

「お願いします。」

マダムとムッシュに玄関前で見送られて、スー君は病院へ出発です。
               
                (続く)
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