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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

スキーに仕事に

「先生、私はですね、こう見えても卓球してるんですよ。」

ネコの大吉君を点滴治療で通院させているムッシュSが、そう言われた。

「へえ、卓球をされるんですか?」

「はい、楽しいんですよ、朝の8時半から行ってます。昼までしてますよ。ハハハ・・・」

ムッシュはもう七十くらいでしょうか。月に数回大吉君をカゴに入れて、お出でになります。

「私はスポーツが好きでね、スキーもするんです。若い頃は山登りに熱中して、ええ、冬山にも登りました。

たまたま雪山で、スキーをしているのを見かけたんですよ。おもしろそうだなって見ていたら、

『滑ってみるか?』
『いえいえ、僕は・・・』
『足は何センチだ?何だ、俺の足と一緒じゃないか。ほれ、この靴履いて、やってみろ。』

足のサイズが一緒だったんで、それじゃあと思って滑ったら、いきなりすべれたんですよ。それがすごくおもしろくて、それから病みつきになって。

毎週末、スキーに出かけるようになりました。
嫁さんにえらく叱られてねえ、何度離婚状に判をついたことか。ハハハ・・・

私はクリーニングの営業をしてたんです。大手の。それで取引先のデパートなんか、販売するよう協力要請があるんですけどね、それをよく、沢山買い込みました。

羽根布団なんかもいくつも買いましてね。そしたらデパートの人のほうが心配してくれるんです。
『あんた、こんなに買って大丈夫か?』って。

私はそれをお得意さんに配るんです。
そしたら、また、仕事がもらえてですね。

その頃キャバレーにも出入りしてたんですが、ホステスさんたちが私を指名して、仕事をくれるんです。彼女達はミンクのコートとか持ってますからね、クリーニングの単価が違うんですよ。

私は年に数回まとまった休みをもらって、北海道までスキーに言ったんですが、いや、北海道の雪は本州の雪と違うんです。やっぱりあっちの雪はいいですよ。

休みをお願いする前に、私はとってきたクリーニング伝票をどっさり計理に出すんです。そしたら、文句は言われないんですよ、ハハハ・・・。

あの頃で、月に二百万ぐらい稼いでましたからね・・・。

ホテルは良いところを使いました。スキーはやっぱり寒いでしょ。良いホテルは高いけど、応対が違うし、入ってすぐ暖かいんです。外国人もたくさん利用するようなところをね。

でも、今の若い人は、スキーをしなくなったらしいですね、海もね、遊ばなくなって・・・。」

ムッシュは加山雄三の「若大将」の世代に完全にかぶる方か、あるいはちょっぴり前の世代でしょうか。

猛烈に働いて、経済成長の牽引をしてきた世代に間違いないでしょう。

いつの間にか大吉君の点滴液も残り少なくなり、輸液ポンプが終了のアラームを告げる。
スタッフが駆け寄って、翼状針をはずす。

「今は卓球だけして、このネコと、そして娘と暮らしていますよ。さあ大吉、帰ろうか・・・。」

「お疲れ様でした。どうぞ、お大事に・・・」

(あの、ムッシュ、それじゃあ奥さんは結局出て行ったんですか?)

後姿を目で追いながら、お尋ねしようかと私は一瞬迷ったが、聞く勇気はなかった。
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