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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

あの頃はまだたくさん・・・

「先生、お久し振りです。」

「はい、こんにちわ」

にっこりして爽やかなマダムが診察室に入って来られる。胸に小さな箱を抱えておられます。

「先生、この猫たちですが、何とか助けてください。」

「子猫ですか?」

診察台の上に箱を載せてもらい中を覗くと、生後一ヶ月くらいだろうか、チビちゃんと呼びたくなるような幼い子猫が四匹も入っていた。

「わ! 四匹ですね・・・」

みんな痩せこけて、栄養状態が悪いのがひと目でわかる。両目に黄色い目やにがべっとりで、目が開けられないままたどたどしく歩き回り、細くミャアミャア鳴いていた。

が、良く見ると、うちの一匹は横たわって口をっくり開けたり閉めたりしている。

「みんな弱ってますね、特にこの一番大きな体の子は、あえぎ呼吸しています。もう、あまり持たないと思いますよ。」

ちょうどその日、職場体験学習で来ていた中学生の女の子二人も、じっと子猫を見つめて心を痛めている様子。

「フフフ、先生は、この前も私が子猫を連れて来たとき、『わっ! 十匹も入っているぞ!』って、言いましたよ。』」

「え? そうですか?・・・」

(このマダムは「久し振りです」とか、「この前も」とか言われるが、いつのことかな?うーむ、思い出せないなあ)

私が必死で記憶を辿っている間も、マダムは話し続ける。

「はい、それから私、犬を連れて来たこともありますが、その時は先生『吉田拓郎みたいな顔をした犬ですね。』と、言いましたよ。
私はおもしろいこと言う先生だなと思ったんです、ハハハ・・・。

でも、その頃は、まだ先生の頭にも髪の毛がたくさんありましたけど、ハハハ・・・。」

(むむむ! 私の薄い頭髪を笑い飛ばすとは・・・、このマダム、かなりできるぞ。

切っ先鋭い振り下ろし、変幻自在の太刀筋、
どうやら情けをかけるより、止めを刺すタイプだな。

陽気なマダムの自由自在の太刀さばきが、佐々木小次郎のツバメ返しなら、

私は櫂(かい)の木刀で相手をしない限り、勝ち目はなさそうだ・・・)

そんなことを考えながら、私は子猫の目やにを一匹一匹ふき取り、点眼し、注射をする。


「この子猫たちも、先生、なんとか助けてくださいよ。」

マダムがニッコリ笑って言う。

「はい、全力で助けるなら、入院させた方がいいですけど、費用が高くなりますよ。でも、ノラを保護しているんでしょ?どうしましょうか?」

「はい、入院はさせられないので、連れて帰ります。できる範囲でしてください。・・・」

自力で食べる力も、飲むそぶりも認められなかったので、私たちはミルクを胃チューブで流し込んだ。
しかし、その準備の間にも、さきほどの重症の子猫が一匹死んでしまった。

落胆している暇もない。マダムも顔色一つ変えず、生きている残りの子猫の処置を続ける。

その後ノミとりスプレーをし、抗菌剤を飲ませたが、これからまだまだ手厚い看護が必要な様子でした。

「じゃあ、頑張ってくださいね。」

「はい、でも先生、うち、今13匹いるんですよ。」

「わあ、たいへんですね、・・・」

さてマダムが帰られて一段落した後、古いカルテを探してみたら、どうやら12年前に来られていた事がわかった。

(そうか、12年前の話しだったのか・・・・)

私は改めてマダムの記憶力に敬意を表するとともに、

まだまだ修行が足りなかったと、太刀打ちできなかったわが身を反省するのでした。
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