溶けたゴミ箱
「あっ、椅子だ! 色んな椅子があるっ!」
動物病院には時々カタログ販売の冊子が送られてきます。ペット用品や医療用品、あるいは事務用品などのカタログです。
その日は事務設備のカタログが届いたので、何気なくマル子がページをめくっていました。そしてあるページに来ると、キャスター付きの回転椅子の写真が何種類も掲載されていたのです。
「私ね、子供の頃、こんな椅子が欲しかったのよ!・・・ころころ転がって移動できて、くるくる回る椅子が!」
「あー、私もです! 私もこんな椅子が欲しいなあと思っていました。」
タマエも写真を覗きこみながら、共鳴している。
「でも買ってもらえなかったのよね。・・・四本足の普通の重い椅子で、絨毯をこすりながら椅子を動かして座ったり、立ったりしてさ・・・。」
「そうなんですよね、ガサガサって引きずって座るんですよね。」
「カメ子さんはどうだった?」
「え、ヘヘヘ・・・、私の勉強机は、キャスター付きの回転椅子でした。私、それに座ってくるくる回って遊んでたんですが、よくこけて、子供部屋の窓ガラスを三回も割りました。」
「え? 三回もガラスを割ったの?! そりゃ、あんまりだなあ、カメ子。君には反省するとか、向上心とかいうものが、欠けてるね。」
「エヘヘ・・・、私もそう思います。」
「ガラスと言えばね、僕は、小学校の4年のころ、廊下の窓を早く閉める競争を友達としていて、ガラスを割っちゃったのが忘れられないなあ。レバーを握って押し開ける昔の窓でさ、閉める時は引いてクイッとレバーをかけるんだけど、その時ガチャンて割れてね。
(あっ!・・・・)と、思って凍りついたよ。
ちょうど職員室の前の廊下でさ、泣いちゃったよ。いいや、先生からは怒られなかったんだけど、自分で大変な事をしたって、思ったんだろうね。シクシク泣いてたんで、先生が慰めてくれたよ。」
「フフ・・・、学校と言えばですね、私、掃除当番で、学級のゴミ箱を持って焼却炉に行ったことがあったんですよ。」
カメ子が続いて話し出す。
「焼却炉は危ないので、ゴミを入れてくれるおじさんが普通はいるんですが、その時は遅れて行ったかで、誰もいなかったんです。
それで自分で階段を上がって蓋を開けてゴミ箱を突っ込んでゴミを落とそうとしたら、そのままゴミ箱ごと落としてしまったんです。
(あっ、大変!、大変!)
私はあわててすぐ引っ張り上げたんですが、その時はもう縁が片方溶けかけてて、クニャクニャになっていました。
私、そのことは黙って誰にもしゃべらず、溶けた縁が向こうの隅になるよう、ゴミ箱を教室に戻したんです。でも、しょっちゅう、溶けた縁が手前側に置かれていることがあって、そのたびに奥の方に向けて一年間、こっそり置き直していました。」
「ハハハ・・・、悪い事をしてしまったと、思ったんだな。一年間、それを見続けたんだね。それにしても、焼却炉は危ないから、自分が落ちなくて良かったね。よく、事故があるからね。」
「そうですね、私・・・、この歳までのうのうとして生きてきたのは、意味があるのかな?・・・」
私は一瞬、耳を疑った。
カメ子の口から、そんな人生の根源的な質問が出てくるとは、思わなかった。
(ほー、カメ子もようやく、大事な問題に気がついてきたか・・・)
私はひそかに感心したが、さてその素晴らしいテーマは、カメ子の胸に育ち続けるかな?
・・・そして私はとりあえず、検査室の道具や色んな器械の壁側、奥の方に不具合のあるものがないか、今後チェックする事にしよう。
動物病院には時々カタログ販売の冊子が送られてきます。ペット用品や医療用品、あるいは事務用品などのカタログです。
その日は事務設備のカタログが届いたので、何気なくマル子がページをめくっていました。そしてあるページに来ると、キャスター付きの回転椅子の写真が何種類も掲載されていたのです。
「私ね、子供の頃、こんな椅子が欲しかったのよ!・・・ころころ転がって移動できて、くるくる回る椅子が!」
「あー、私もです! 私もこんな椅子が欲しいなあと思っていました。」
タマエも写真を覗きこみながら、共鳴している。
「でも買ってもらえなかったのよね。・・・四本足の普通の重い椅子で、絨毯をこすりながら椅子を動かして座ったり、立ったりしてさ・・・。」
「そうなんですよね、ガサガサって引きずって座るんですよね。」
「カメ子さんはどうだった?」
「え、ヘヘヘ・・・、私の勉強机は、キャスター付きの回転椅子でした。私、それに座ってくるくる回って遊んでたんですが、よくこけて、子供部屋の窓ガラスを三回も割りました。」
「え? 三回もガラスを割ったの?! そりゃ、あんまりだなあ、カメ子。君には反省するとか、向上心とかいうものが、欠けてるね。」
「エヘヘ・・・、私もそう思います。」
「ガラスと言えばね、僕は、小学校の4年のころ、廊下の窓を早く閉める競争を友達としていて、ガラスを割っちゃったのが忘れられないなあ。レバーを握って押し開ける昔の窓でさ、閉める時は引いてクイッとレバーをかけるんだけど、その時ガチャンて割れてね。
(あっ!・・・・)と、思って凍りついたよ。
ちょうど職員室の前の廊下でさ、泣いちゃったよ。いいや、先生からは怒られなかったんだけど、自分で大変な事をしたって、思ったんだろうね。シクシク泣いてたんで、先生が慰めてくれたよ。」
「フフ・・・、学校と言えばですね、私、掃除当番で、学級のゴミ箱を持って焼却炉に行ったことがあったんですよ。」
カメ子が続いて話し出す。
「焼却炉は危ないので、ゴミを入れてくれるおじさんが普通はいるんですが、その時は遅れて行ったかで、誰もいなかったんです。
それで自分で階段を上がって蓋を開けてゴミ箱を突っ込んでゴミを落とそうとしたら、そのままゴミ箱ごと落としてしまったんです。
(あっ、大変!、大変!)
私はあわててすぐ引っ張り上げたんですが、その時はもう縁が片方溶けかけてて、クニャクニャになっていました。
私、そのことは黙って誰にもしゃべらず、溶けた縁が向こうの隅になるよう、ゴミ箱を教室に戻したんです。でも、しょっちゅう、溶けた縁が手前側に置かれていることがあって、そのたびに奥の方に向けて一年間、こっそり置き直していました。」
「ハハハ・・・、悪い事をしてしまったと、思ったんだな。一年間、それを見続けたんだね。それにしても、焼却炉は危ないから、自分が落ちなくて良かったね。よく、事故があるからね。」
「そうですね、私・・・、この歳までのうのうとして生きてきたのは、意味があるのかな?・・・」
私は一瞬、耳を疑った。
カメ子の口から、そんな人生の根源的な質問が出てくるとは、思わなかった。
(ほー、カメ子もようやく、大事な問題に気がついてきたか・・・)
私はひそかに感心したが、さてその素晴らしいテーマは、カメ子の胸に育ち続けるかな?
・・・そして私はとりあえず、検査室の道具や色んな器械の壁側、奥の方に不具合のあるものがないか、今後チェックする事にしよう。
2011-09-08 15:00
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