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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

帰宅

「あっ! しまった! 首輪が抜けた! おい、まてっ! こら、ミルキー!!」

季節外れの暖かさが漂う秋の夕暮れです。ムッシュI夫妻が中型犬のミルキーちゃんを外に出して、散歩中のことでした。何かに驚いたのか、急にイヤイヤをして後ずさりしたミルキーの首輪がそのままスポッと抜けてしまいます。

(あちゃ、しまった)と思うが、一瞬遅く、たちまちミルキーは脱兎のごとく逃げ出しました。

「まてーー、ミルキーー、待ってくれーーー!」

悲しいかな二本足の人間は足が遅いのです。四足の獣が走り出すと、自転車とスポーツカーのような開きがあります。あっと言う間に通りの向こう、角の先に消えて行きました。

体はこっちが大きいのに、どうしてこんなに人は遅いのか?

私は思うのですが、試しに生まれてきた赤ちゃんを一人、小さな時からいつも四足で走る練習をさせたら、もしかしたらすごく早い走行が出来るようになって、オリンピックにも出場するかもしれないと思うのですが・・・。

四足で暮らすのは人として失うものが多すぎますし、まあ、無茶な話でしょう。

それに「二本足だから遅いのだ」と決めつけたら、ダチョウに笑われるかもしれませんので・・・。

とにかくミルキーはあっと言う間に、街角から消えてしまったのです。

ムッシュは困りました。というのは、この犬は、動物の愛護保護団体から譲り受けて里親として飼うようになった犬だからです。

五ヵ月ほど前の事でした。年齢の分からない、いつもオドオドしている怖がり屋の犬を、ご夫妻が引き取ったのです。

しかしミルキーちゃんが最初に保護されたのは、北九州の山の中でした。イノシシ猟の罠にかかって、身動きできなくなり、衰弱したところを危うく助け出されたのです。

しかし、救出されてからも人を怖れてなかなかなつきません。保護団体の方々が七ヶ月間預かり、親身な世話をし、なんとか里親に出せるまで落ち着かせてから、ムッシュの家に引き取られたのでした。

それから5ヶ月です。ムッシュ夫妻は毎日よく可愛がり、心臓の治療を受けさせ、食事を与え、散歩に連れて行き、一生懸命世話をしてきたのです。

それでもやっぱり怖がりの癖はなかなか直らず、いつもビクビクしているのでした。

「しまったー! どうしよう!? どこに行ったかなあ?」

ご夫妻は必死で追いかけ、近隣を探し回り、あちこち覗きますが、二度と視界に現われてくれることはありませんでした。

「うっかりしたね。首輪がゆるかったかなあ?」

「いつもなら、大丈夫だったのにね。」

「もう、見つからないかなあ・・・」

「警察と管理センターに電話しないとね。」

そんなことを話しながら家に帰った時です。

なんとミルキーちゃんは、ちゃんと先に家に帰って待っていました。

「おい、お前、帰ってたのか!? ここがお前、自分の家だと、思ってくれたのか? 

そうか、帰ってくれたのか! 良かった!良かった!」

「本当、ミルキーちゃん、ここに戻ろうと思ってくれて、ありがとう。ありがとうね、ミルキー・・・」

ご夫妻は、戻っていた犬を抱いて大喜びでした。

皆さん、良かったですね。いつもビクビクしている様子でしたが、それでも
(ここが、あたいのおうち)
と、いつの間にか、思ってくれるように、なってたんですね。

良かったなあ。

ところで、もし家出して、しばらく家に帰っていないなあという若者がこれを読んでくれていたら、

たまには家に帰ってみたら、どうですか?

「犬と一緒にするない!」・・・と、怒らないで下さい。

犬と一緒になんか、しませんよ。

もっとはるかにはるかに、泣いて喜んで、抱きしめてもらえますよ!
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