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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

忍耐の恩師

それは、5年ほど前の事です。
ある夜、出先から私が帰宅すると、一匹のミニチュアダックスフンドが我家の玄関の暗がりに寝転んでいました。

「あれ、おまえ、なんでこんな所にいるの?変った奴だなあ・・・。

どこから来たの?ここでは何もあげられないよ、早く帰んなさい。」

犬はそれほどやつれていないので、自主散歩の犬の可能性もあると思いました。しかし、彼はじっと上目遣いに私を見やるだけでした。

バタンと玄関を閉めその翌朝、もう居ないだろうと思い覗くと、彼はまだそこに寝ていました。

「うーむ、困ったなあ・・・、ねえ、変な犬がいるから犬舎に保護しておいて。」

私はスタッフにそう頼み、役所や警察に保護届けを出しました。

「先生、あの犬は数日前、近くの空き家に繋がれて捨てられていた犬に似てますよ。二匹放置されていて、近所の人が食べる物やって、紐をほどいてあげたみたいです。」

「むむ、そうかい。捨て犬なのかな・・・。その、もう一匹は、どうしたんだろう?・・・」

連れ合いは行方不明です。
しばらく様子を見ることにしましたが、捜し犬の届けは一切ないようで、有力な情報は入りませんでした。

「ううむ、どうしよう・・困ったなあ・・。」

しかし困るのは私ばかりで、ダックスフント君はそれから当然のような顔をして、犬舎での生活を享受し始めました。

ステンレスの清潔な犬舎の二階住まい、若き乙女のスタッフが一日二回掃除し、朝晩の二食付、散歩も出してもらいます。

茶色のロングコートで、中年、オスです。

名前をつけると長居をされそうなので、つけたくなかったのですが、名前がないのも都合が悪いので、とりあえずマックと、仮に命名しました。

ところがです。
このマックは、私が散歩に出してやろうとすると、暴れて咬みついたのです。

「こいつめ、なんてことするんだ。自分の立場をわきまえろよ、おとなしくしろ!」

私が叱ったのが余計いけなかったようです。ケージの中に居る時は、それから私に対しさらに威嚇するようになります。

外に出たら、私に擦り寄ってくるのですが、ケージの中にいるときは、体を触らせません。

「困ったなあ、こんな犬をいつまでも追いとくわけにはいかないがなあ・・・・」

私は苦りきった顔でいつもマックを見ていましたが、そんな私の思いが伝わるのでしょうか?彼は轟然とした顔で、私を見返します。

それから5年でした。
世話をしようとすると咬みつくマックを、延々と養い続けました。

(いい加減に、慣れてくれよ・・・)と思いましたが、一度決ったパターンが出来たら、それに則っていつも同じ反応でした。

食べ物をやれば手の平からでも食べるのですが、触られるのは拒むのです。

私はこのマックから、忍耐を学ばせてもらいました。
決して好意を示してくれない相手の世話をし続ける。
水を替えようとしても、咬みつこうとする居候マックの世話をし続けることによって、短気な私でしたが少しだけ、忍耐を訓練してもらうことができました。

理屈の通じない相手が居る。
説明しても、理屈が通じない相手が居る。

そんな相手とも、折り合いをつけて一緒に生きる。

たかが犬との出来事ですが、この5年間は私のような者にとって、ある種の忍耐の良い訓練となりました。
そういう意味でマックは、私の忍耐の恩師です。

ところで、それから5年たって、マックに転機が訪れるのですが、それはまた次の機会に・・・。

    (来週は、本欄はお休みを頂きます)
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