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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

ゲット・アウト!(続き)

不審な男、偽ブルース・ウィリスは、ぶつぶつわけのわからない言葉をつぶやきながら、ビールをぐいともう一口飲んだ。

(まさかこの男、危ない薬をやってるんじゃないだろうな?)

男から1.5m離れた所に私は立ち、そんなことも考えながら観察する。今はいろんなことが起こる時代ですから、様々な可能性を考えて、対処しなければなりません。

(おい、畏咲どう思う?この男、暴れるかな?)

(うん、十分、慎重にしたほうがいいぜ・・・)

私はとりあえず、近くの交番に電話するよう、マル子に伝えた。一応、不法侵入に当たる可能性があると判断した。緊張して見守っていたマル子は、すぐに電話をかける。

ところが、それからのマル子の電話は、えらく長い会話が始まった。交番では詳しく状況を聞いて、行く必要があるかどうか、判断しようと思っているのかもしれないが、早い話が、暴れてないんなら、出動はしないということで、必要な時は、交番ではなく、110番してくださいという。

なんと、電話がそういう結論に至るのに、十分近くかかった。

(そうか、お巡りさんは、来てくれないか・・・)

私の従兄弟(いとこ)に、暴力団担当の刑事が一人いる。そいつがまた、暴力団以上に危なそうな面構えをしているのだが、ふと、彼の顔を思い出した。

まあ、いい。

警察も忙しいのだ。いちいち出動していたら、人数が足りないのだろう。ここは、私が体を張るしかない。

覚悟を決めて、私はスキンヘッドの男のそばに立つ。黙って立つ。

黙って立っていると、男が話し出した。酔っぱらいの英語だから、良くわからないが、どうやら何年か前、ここに交通事故の瀕死の猫を連れて来たらしい。一晩で亡くなったのだが、それを思い出して、寂しくて、来たらしい。

(え? そんなこと、あったかな?こんな男性が来たかな?)

私はすぐには思い出せなかったが、よくよく考えれば、そういえば昔、一人の女性が事故で死にそうな猫をつれて来て、入院させたことがあった。そしてその時面会に、一度だけ西洋系の男性が来たことがあったことを思い出した。

(ははあ、その時の話なのか・・・)

「だけどね、文句を言いに来たんではない。そうじゃなくて、思い出して、つい、入って来たんだ。」

彼は、私にそうつけ加えた。

話しながら、泣いている。泣き上戸かもしれない。
病院に迷惑をかけている事実は、感心しないが、今ごろそんな昔のことで酔っ払って入ってくるなんておかしい。

きっと、何かあって今夜は寂しいんだろう。私はそう思った。
もしかしたらその時の彼女と別れて寂しくなり、それが思い出されて入って来たのかもしれない。

いや、失礼、それは私の勝手な想像だが。
しかし人間は寂しくなると、だれかに絡みたくなるものだ。きっと、何か寂しいのだろう。私は好意的に、理解した。

まもなく彼は、「すまなかった。迷惑をかけた。」というようなことを言って、帰って行った。

夜道を消えていく彼の後姿は、異国に生きる者の寂しさを漂わせているようにも思えた。
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