純愛
「私のアランが、明日この子を迎えに来るから・・・」
「え?アラン?」
「ホホホ、この人よ、自称アラン・ドロンなんだって。この旦那があした引き取りに来ますから、明日までもう一泊させてくださいな。」
下痢症の子猫を預かっていた時です。良い便が出て、そろそろ帰れようになった頃、マダムBがそうおっしゃいました。
「なんだ、先輩、石原裕次郎じゃなかったんですか?」
旦那は地域の草テニスクラブの私の先輩でもあります。口癖は石原裕次郎でした。
「ハハハ、うん、裕次郎だったね・・・。」
そういうと、先輩はおもむろに財布から三葉の写真を取り出して見せてくれる。
それは石原裕次郎のブロマイドと、とても綺麗な映画女優の横顔でした。どちらもモノクロ写真です。ラミネートフィルムで大事に包まれています。
(ずいぶん昔のブロマイドを持ち歩いているんだなあ・・・、ところで、この女優さんは誰だろう?)
と、首をかしげながら写真を裏返した時でした。
裏側にはその二人が一緒に写った写真がありました。しかも福岡市西公園と書かれ、昭和の日付があります。
「ええっ! もしかしたら・・・、これ、先輩と奥さんですか!?」
私は衝撃を受けた。
もう60をとうに過ぎた先輩は、山から下りてきた古だぬきのようにお腹も大きく、目尻も垂れ、料亭の玄関に徳利を持って立っていたら似合いそうな風貌です。ジョークが好きで、いつも人を化かすようなような冗談ばかり言っている。
その先輩が若い頃、こんなにかっこよかったとは、とても信じられない。
この写真は、裕次郎ではなく、裕次郎スタイルを真似た先輩だったとは!
それにマダムのポートレートも、てっきり女優さんと間違えるほど、美しい写真です。
「あの、本当にこれは先輩はですか? 奥様と同じ大学だったのですよね?」
以前もちょっと紹介したことがあるが、改めて尋ねた。
「うん、同級生だよ。」
「この人がね、スケートがうまいと友達から聞いて、そのころ体育の授業でスケートがある予定だったので、ちょっと教えてもらったのよ。
坊主あたまに黒の詰襟を着て来て、まあ今どき、宇宙人みたいな大学生と思ったわ。
数か月した頃バスに乗っていたら、『やあ!』って声をかけた男性がいて、(誰だろう?)と、わからなかったんですけどね、髪を伸ばした彼だったのよ。え?一年生の時ですけどね。」
「それからさ、、この人がある日突然、僕の部室に来て、『千円貸してちょうだい』って言うんだよ。ハハハ・・・
未だにその千円、返してもらってないけどね、ハハハ・・・」
このあたりの話しは、以前一度紹介させてもらいましたが、まさかこの先輩が、今も肌身離さず二人の出会ったころの写真を持っているとは、思いませんでした。
・・・純愛だなあ・・・
先輩に似合わないけど、これが純愛だなあ・・・
帰られる二人の後ろ姿を見送りながら、私は脱帽したことでした。