朝のひとこすり八万円
「大変、大変、遅刻しちゃうわ!」
空を見るとどんより曇り、ぽつぽつ大粒の雨も落ちています。出勤の支度が遅れた猫娘は、あわてて赤い軽ワゴンのドアを開けました。カバンを放り込んで、飛び乗ります。
「ちょっと待てよ、食べ残しを冷蔵庫に入れ忘れたかしら?」
女の朝は大変です。人目にさらせる顔づくりをしないと?いけませんし(そうらしいのです)、朝食だって男みたいに食パンかじって飛び出すと言うことはしません。少なくとも朝から美味しいものをちゃんと食べたいのが猫娘です。
従って、全体でどのくらいの時間が必要なのかは、それは企業秘密ですが、その朝の彼女は、時間が普段より険しくなっていました。
「ぶっ飛ばすぞ」
ぶつぶつ言いながら、猫娘はエンジンを始動し、右と左の安全を確認し、車を発進させました。
駐車場から出しながらハンドルを左に切った時です。
「ギギギギー」
「えっ、何、今音がした?」
道路に出る時に、後ろで何か小さな音がしたような気がします。
(まさか、まさか、そんなはずないわよね。)
彼女はすぐに車を止めました。自分を落ち着かせるように言い聞かせて、車を降ります。
せっかく念入りに整えた顔が、恐怖で引きつるのですが、勇気を出して車の左に回ってみました。
「うぎゃー、やっちゃったー・・」
そこには、白く波打つ新しい模様が刻まれていたのです。
へなへなと座り込む猫娘、さっきまでらんらんに秘めていた朝の戦闘開始のファイトは風船が割れるように消え去ります。
・・・・・・・・
「というわけでですね、先生。車にキズがついたから、修理出さなくちゃならない。だけど、八万円だって、わたしもう・・・・、先生、半分出してよ・・・」
出勤してきた猫娘が恨めしそうな顔で、そう言いました。
皆さん、八万円は大きいですね。大金です。
でも、人を轢いたりしたらそんなことでは済まないですからね。一生を奪われる相手に、十分な補償を差し出してお詫びしなければならないから、車を運転する人は保険に入りましょうね。
猫娘、車のキズより、人間は心の傷だよ。車のキズは、すぐ直る。