旅先で眼鏡が!
それは久しぶりの山口出張でした。某大学での獣医講習会出席のためです。土曜日の仕事を終えて夜の7時に福岡を出て、山口についた時は時間も回っていました。
とりあえず近所の食堂を見つけて夕食を取り、安宿にもどって汗を流し横になってテレビを見ていた時です。
ふと体の向きを変えた瞬間に、バチッと音がしました。
(エッ、何だ!?)
それは、はずして横に置いていた眼鏡を肘で押しつぶした音でした。
(まさか! うそっ!)
いいえ、本当でした。耳にかける細い「つる」の部分が、折りたたみのネジの部分でボッキリ折れていたのです。
頭が真っ白になりました。私の裸眼は0.01以下、眼鏡がなければ明日の講習会で何も見えないし、第一車も運転できず、どうして福岡まで帰れるでしょうか?
(落ち着け、落ち着くんだ。どうしたら、この緊急事態を乗り越えられるか、考えろ!)
頭の半分は、パニックで、残りの半分で、何か名案を探そうとしていました。
地方の温泉街です。時計を取り上げて睨むと、夜も11時を回っていました。
(そうだ、ホテルのフロントで助けてもらおう。瞬間接着剤でも、貸してくれるかもしれない。)
私はあわてて服を着ると、エレベーターのボタンを押すのももどかしく、一階におりました。
「すみません、眼鏡が壊れて・・・」
見えない床に気をつけながらエレベーターを飛び出すと、私はそう言おうと思って、フロントへ駆け寄りました。
と、そこで見た時の衝撃! なんと、カウンターに白いシャッターが下り、ホテルのフロントが閉店しているのです。
(そんな! フロントに・・・、フロントにシャッターが下りるなんて、有り!?)
信じられませんでした。誰も居なくなっていたのです。
(やっぱり、安い所に泊ったから・・・こんな時に限って・・・)
小学校の四年生から眼鏡をかけていますが、生まれて初めて眼鏡を壊したのが、よりによって旅先で深夜とは。
(そうだ、明日一番で、眼鏡屋に行こう!)
しかし、こんな温泉街で、速攻で眼鏡を作ってくれるところがあるとは、期待できません。やっぱり、なんとかしなければなりません。
(サバイバルだ、考えろ! 考えろ!)
と、その時です。ホテルの玄関ドアの向こうの方に、コンビニの灯が見えました。
(やった!よし、コンビニに行けば、何かあるかもしれない。)
私は夜の街へ飛び出すと、壊れた眼鏡を目に乗せて片手で支えながら、車に気をつけて右左を見ながら道路を渡りました。
「すみません、瞬間接着剤はありますか!?」
祈るようにして聞くと、店長らしいおじさんがニコニコやってきて言いました。
「はい、有りますよ。どうぞ、こちらです。ところで何に使われますか?」
「眼鏡が壊れたんです。ほら、ここ!」
私が壊れた眼鏡を見せると、店長が気の毒そうな顔をしてこう言いました。
「あ、いや、眼鏡には着きませんよ。僕も前にやってみたんですが、だめでした。ほら、ここ!」
そう言われて、店長のしている眼鏡の左のつるを見ると、一か所透明テープでぐるぐる巻きにしていました。
「ね、だから、僕はセロテープで巻いています。テープのほうがいいですよ。」
にっこり笑う店長。ガックリくる私。
「はあ、・・・そうなんですか・・・」
なんという運命の巡りあわせ。店長の眼鏡も壊れたままだったのです。しかも、店長の眼鏡は太くて、真ん中あたりが折れているので、修理しやすいはずです。私のは、折りたたむ金具の所なので、添え木を当ててテーピングというわけにはいきません。
(運命の分かれ道だ、良く、考えろ! どうするか、よく考えろ!)
私は静かに自分に言い聞かせ、そして決断しました。他に方法はありません。
「じゃあ、瞬間接着剤と、テープと、両方下さい。」
とにかく、これで乗り切るしかない。なんとかしないと。
私は900円を払うと、その二つを大事に抱えて、ひっそりとしたホテルに戻ります。
(とにかくやってみよう。接着剤で、つかないか・・・)
どうやら私は、人の言葉を簡単には信じない性格のようです。とにかく、眼鏡のつるを折れ口に合わせ、接着の予行演習をして、つながり方を確かめます。そして、いよいよ本番、緊張に震えながら接着剤を塗りました。
(着け!着いてくれ!)
祈りながら一分ほど、じっとじっと押さえ続けました。そして、そっと指を離すと・・・なんと、つるは折れていたところでしっかり固定されたのです。
やった!やったぞ! 着いたぞ!・・・でも、本当かな? 押してみようか、いやいや、とにかくかけてみよう。
眼鏡をかけてみましたが、大丈夫です。ちょっと傾いていますが、気にならない程度です。
良かった! これでなんとか明日は乗り切れる。福岡にも帰れる。
私がホッとして、眠りについたのは二時近くになっていました。
・・・・・・・
「ということでね、週末は出張先で大変だったんだよ。ほら、ここが折れている部分。」
月曜日のお茶の時間です。まだ傾いた眼鏡をかけたまま、私は騒動のてん末をスタッフに話しました。
「今日も、明日も、昼休みは手術が入っているから、だから水曜日に眼鏡屋さんに行って来るよ。それまで壊れないように、そっとかけとかないと。」
「でも、どうして眼鏡を壊したんですか?}
と、お菓子を食べながらマル子が聞いた時です。すかさず、カメ子が冷やかにこう言い放ちます。
「ふん、先生のことだから、どうせ、いやらしいテレビでも見てて、うっかり、しくじったんでしょ!?」
「・・・うっ、・・・むむむ・・・、」
どうしてカメ子は、感が鋭いんでしょう・・・