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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

軽トラックから、降りて来てくれる日を

「こんにちわ、今日は兄の家の犬を連れてきました。」

マダムNが中型のミックス犬を引っ張って来られました。茶色で被毛はたっぷりフカフカです。

「足を痒がるので、見てください。それと、健康診断もお願いします。」

よいしょとマダムとスタッフが抱えて診察台に上げたら、17kg、けっこう大きめです。

「えーと、足はどんな具合かな?・・・」

と、触ろうとしたら、ばたばた慌てて足踏みを始め、見せてくれません。無理に掴むと、「ウー・・・」と、牙をむいて見せます。

「それ以上すると、咬みつくぜ! やめとくんだな!」

そう言って私を睨みます。口輪をつけようとしたら、またまた大暴れ、首を振り回して立ち上がったり、寝転んでローリングしたり、悲鳴をあげたりで、とてもつけられません。

「ああ、これは、無理ですね。どうしましょう、鎮静をしてでも、検査しますか?健康診断は,採血をしないと無理だし・・・」

「はい、お願いします。」

というわけで、何のことはない検査だが、足の皮膚検査と採血のため、鎮静をかけることになった。

注射だけなら、嘘のようにおとなしい犬です。そして皮下注射後18分、すやすや休み始めます。

その間に皮膚炎の所をゴシゴシとメス刃でこすって皮膚サンプルをとり、あるいは採血をしました。

「先生、この子はね、家に軽トラックが入って来ると、いつもじっと食い入るように、見ているんです。兄が下りて来ないか、見ているんです。兄がいつも軽トラックに載せて、田んぼや畑に連れて行ってたからです。兄がとても可愛がってました。

いえ、荷台じゃないんですよ、助手席です。いつも助手席に乗せて、田んぼに行ってたんです。だから、兄以外の家族のいうことは聞かないんです。他の家族は、恐くてあまり手が出せないんです。

でも先生、その兄は、もう亡くなったんです。亡くなってから、八年にもなるんです。それなのに、まだギンは、軽トラックが入って来ると、兄が下りて来るんじゃないかと、今でもじっと見つめているんです。」

「・・・ふーん、八年もたつのに、まだ覚えているんですか?」

「はい、誰が下りて来るか、いつも目でじっと捜しているんですよ。」

「ふーん・・・」

十歳になるギンちゃんは、若い頃の二年だけの記憶を抱きしめるように大事に覚えて、諦めないで八年間も飼い主の事を待ち続けているのでした。決してあきらめずに、そしてこれからもきっと、待ち続けるのでしょう。

今、診察台ですやすや眠る、そのギンちゃんの横顔を見ながら、私は胸がせつなくなりました。

もし私が死んでも、まさかそんなにいつまでも慕ってくれる家族は、誰もいないでしょう。

今だって、「ただいま、帰ったよ!」と言っても、玄関に誰も迎えに出て来てはくれないんですから。

居間に入ると、テレビから、「ワハハハ・・・」と、お笑い番組の騒ぎ声が流れて来て、おもむろにチラとこちらを見て「ああ、早かったね」と言って、またテレビを見いる家族たち・・・。

(ううう・・・)

あ、いや、自分の愚痴をこぼすのが、今日の話しではありませんでした。ギンちゃんのけな気さでした。

(犬ながら、あっぱれな奴だ! たいしたもんだぞ。でも、本当はおまえも、胸の中で、せつなさと戦いながら、いつの日かと信じて待ち続けているんだな!)

暴れて、苦労をかけさせられたギンちゃんでしたが、とても可愛く思えてきました。しんみり見つめていると、スタッフが、横から声をかけました。

「先生、この子に、フィラリアがいますよ!」

「えっ! なんだって、フィラリアがいた!?」

ギンちゃんは、今まで誰にも体を触らせませんでしたが、その分、色々な予防が不十分になったようです。でも発見できたなら、今度から、治療に取り組めます。

マダムが実家に連れて帰って、改めてお兄さんの家族と相談することになりました。

ギンちゃんには、良くなってもらいたいものです。

大きな体でずっと元気に、これからもお兄さんの家で、納屋の前の広い庭先で寝そべって、そしてお兄さんの帰りを待つ姿を通し、家族に温かい思いを分け続けてくれるでしょう。


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