ピザ職人の代償
「あら、手には、消炎剤ですか?」
新しく迎えたトイプードルの子犬、そのワクチンにマダムKが御嬢さんと来られました。その御嬢さんの白くて細い両手に、しっかりシップが貼られていたのです。
「はい、ピザ屋さんでバイトをしてたんですが、一日百枚くらい焼いてるうちに、腱鞘炎になって・・・。」
「へーえ、百枚ですか?むむ、ピザ屋さんのは、ピザ生地は最初から出来ているんじゃないんですか?」
「はい、団子状に丸めた冷凍生地があるんです。それを解凍して、一個一個押して引き伸ばしたり、それからグルグル回転させたりして広げていくんです。
ガラスの向こうで、お客さんや子供たちが見つめているので、パフォーマンスに緊張します。
え?腱鞘炎ですか?正月から病院に通い始めて、もう一年近くになります。ブロック注射も十数回打って・・・。バイトはもう止めました。」
「正月から?・・・それは長いですね。大変ですね。うーん、それだと、・・・家のお掃除も手伝えないね!」
「うん、そう。ねえお母さん、ドクターの命令だよ。お掃除なんか、手伝わなくていいって。」
「だめよ、そんなことはないわ。掃除はしてくれないと・・・。」
「だって、先生が・・・」
「だめよ、だめだめ、・・・」
私が余計な冗談を入れたので、お母さんと御嬢さんが笑いながら言い合っています。
こうして三か月の可愛いプードルは,ワクチンをうち終えて、みんな元気に帰っていかれます。
「今日は立冬」と、テレビでアナウンサーが盛んに言っている、ある日のことでした。