駆け落ち
「おれ、ひ孫がおるけんね・・・」
パグのドラゴン君の耳掃除をしていた時、ムッシュが言いました。
「え? そんなムッシュは、まだ若いのに!」
いつも朗らかなムッシュは、多分、まだ60台です。ひ孫がいるようには見えません。
私はびっくりしましたが、すぐ、ピンときました。
「ははあ、さては相当若い頃に、結婚したんですね。」
「うん、二十歳やった。」
「やっぱり、ムッシュは手が早いですね。」
「ハハハ、それがね、駆け落ちしたけんね。」
「エエッ! 駆け落ちですか!」
「うん、彼女のお父さんの所に、『結婚させてください!』って、頼みに行ったったい。
そしたら、『お前のようなもんの所に、娘をやれるか。』って、言われてね。
それで仕方ないから、二人で駆け落ちよ。ハハハ」
「すごいですね、ムッシュは。」
「いや、あの頃は俺もあんまりまともな生活やなかったけんね、仕方ない、ハハハ」
「それでどこまで行ったんですか?」
「それが、近くよ、西新たい。」
「え、西新、歩いても行けるじゃないですか!それじゃあ、すぐ見つかってしまったでしょ?」
「そうそう、見つかってしまった、ハハハ」
なんだか愛が高まったんだか、しぼんだんだかわからない駆け落ちです。それにしても、今はすっかり良い御祖父さんになったムッシュに、若い頃はやっぱりそんなドラマがあったんですね。
もっと詳しくその頃の生活を聞きたい気がしました。
三畳一間のアパート借りて、お風呂屋さんに二人で行ったんだろうか?
しかしそろそろ耳の治療もすみました。
この話しは、また次回、ムッシュの気分次第で、聞かせてもらえるでしょうか・・・。
駆け落ちした最愛の奥様も、しかし数年前に病気で亡くしておられます。
駆け落ちの思い出に触れるのは、ムッシュにとって、甘い懐かしい、けれどちょっと寂しい記憶のページになるでしょう。
でも、人の長い人生は、見えてない部分で、いろんな出来事が埋まっているんですね。
みんな懐かしいそして苦しかった日々を心の底にうずめて、今日を歩こうとしています。