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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

病院の売店

「先生、私、こんどお店をたたむ事にしました。しばらくはテリー(仮名)の介護をしっかりとしてあげたいので・・・。」

ある日、マダムMがおいでになりそう言われました。

テリーちゃんは16歳のオス猫です。夏の終わり頃、何の前兆も無しに突然後ろ足が動かなくなり、それ以来立てなくなったのです。

最初は後大動脈血栓症かと疑いましたが、検査しても循環器は正常であり、原因は神経由来と思われました。

「私は今、病院で売店を経営してるんです。いえ、そんなに大きな店ではありませんけど。
でもやめると言うと患者さん達から、『寂しくなるわぁ、本当にやめちゃうの?』って・・・。

病院の売店って、売るものはたいしたものはないんです。病気の種類で食事制限のある患者さんも多いし、せいぜい下着とか雑誌くらいで。
でもですね、入院している方が何気なく売店まで来て、ぶらっとしてちょっとおしゃべりして、そんな場所が狭い病院の中でも必要なんでしょうね。

そう思って売店の仕事を続けて来たんですけど、今度は動けなくなったテリーの為に、ちょっと時間を使おうと思って。

この子は16年間、家族として過ごしてきた猫なんです。人の言葉がよくわかるんですよ。
私が娘と言い争って大きな声を出すと、テリーが来て私の足を噛むんです。アムアムって。

娘が大きな声を出すとやっぱり娘の足を噛むんです。ケンカをやめろって、言うんですよ。

そういう風にして、一緒に暮らしてきた猫だからですね・・・。」

マダムはそう言いながら、テリーちゃんの頭を撫でていた。

それから二ヵ月、テリーちゃんは高血糖や腎不全の対処もしながら治療を続けています。

それにしても、「病院には売店のような場所が必要だ」と言うマダムの言葉が耳に残ります。

人は体調を壊して入院し、一日ベッドに寝て病気のことを考えながら天井を見つめ、時々起き上がってはどこかに話し場所を求める。
これは人の心の営みの複雑さや奥行きを示唆する、マダムの素晴らしい分析と観察力でしょうか。
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