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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

栗の渋皮煮

「またナビス(仮名)が皮膚病になったので、連れて来ました。面倒をおかけします。」

夏のある日、にこにこといつも笑顔のムッシュが愛犬を連れておいでになりました。ナビスちゃんは10歳の男の子です。病院が大の苦手で、診察室に入ると大騒ぎになるので、首に襟巻きトカゲのようなカラーを巻いて診察の手助けにしています。

ムッシュは20kg近くある重いナビスちゃんの体をヨイショと抱え上げて、診察台に載せました。

「また急性湿疹ができたようですね、消毒をしましょう。」

嫌がるナビスちゃんをなだめながら、私は処置をします。

「家内は、今、槍が岳へ行ってるんです。五泊六日です。 」

「へえ、それはすごいですね。ムッシュは一緒に登らないのですか?」

「私ですか? いやあ、私はもう足が悪くて登れません。家内は初心者ですが、山仲間に大切にしてもらえるみたいで喜んで出かけていますよ。

私はナビスと留守番です。メモが書かれていますので、その書き置きどおりに家の中を片付けしておかんといけんです。

帰ってきて、家内の顔色が変わったら、また二日くらい気が気じゃないからですね、アハハハハ・・・」

優しいムッシュです。犬と留守番しながら、本当にメモどおりに家の片づけをしているのでしょうか?
私達は少しだけムッシュに、同情しました。

秋も深まった頃、またムッシュがナビスちゃんを連れておいでになりました。

私は犬の処置をしながら聞きました。

「奥様はお元気ですか?また山に登ってますか?」

「はい、時々行ってますよ。あ、今日は、家内が栗の渋皮煮を作ったので、持って来ました。良かったら、皆さんで召し上がってください。」

ムッシュが差し出された紙袋には、大きなビンが二つあり、その中にたくさん栗が詰められていた。
蓋を開けて見ると、大きな大きな見事な栗が、甘いシロップにとろりと浸かって、美味しく出来上がっていた。

口に含むと、まさに秋のモンブランの風味。
特に栗の大好きなカメ子は、顔をほころばせて密かに歓声を上げた。

そしてその日以来、私たちは山歩きの度に家の留守を守っているムッシュへの同情は忘れて、

今後は奥様の味方になることに決めたのです。
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