SSブログ

聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

合宿の川で

「おや、こんにちわ、どうしました?」

午前中おいでになったムッシュが、夕方、またキャリーに猫を入れておいでになった。

「うん、今度は別の猫なんだ。これが1週間ぶりに帰ってきたら、目がふさがっているので診てもらおうと思ってね。」

カゴから出てきた薄茶色のガッチリした雄猫は、左目の瞬膜がせり出し、半ば閉じている。そのまぶたをなんとか開きながら角膜を観察すると、治りかけの傷のように白く濁っている。検査液に反応はしない。

「うーん、もしかしたら、これはケンカの爪傷かもしれません。新しいものではなさそうなので、目薬で様子を見てください。

ところでムッシュ、今日は奥様は?」

いつも必ず二人で来られるのに、今日は朝も夕もお一人だったので、余計な事かと思ったが、ついお尋ねした。

「うん、実は僕の姉が隣に住んでいるんだけどね。何日か前のことだけど、家内が朝訪ねていったら、倒れていたんだよ。

脳内出血と言われてね。いや、手術はしなくて、血液は少しづつ引いてくれてるんだけど、言葉がやられて出なくて、半身麻痺もあるからねえ。それでそろそろ転院ということで、その準備に家内は行っているんだ。」

「あら、そうでしたか・・・。ご家族は?」

「うん、一人息子がいたけど、もう死んでいるんだ。大学一年のとき、弓道部だったけどクラブの合宿に行き、その時に川で流されて5人死んじゃってね・・・。

「え!・・・、そんなことがあったんですか・・・」

もう昔の話しになるのでしょう。だけど、聞いた出来事は本当に痛ましく、今聞いても悲しみを察して余りある話しでした。

お母さんには何年たっても忘れられない、時間が止まるような思い出でしょう・・・。

「旦那が今年の2月に亡くなったからね、今は一人だったんだけど・・・。」

「そうでしたか・・・。」

今、息子を失い、ご主人を失い、体の自由とことばを失い、病室のベッドで天井を見つめながら寝ているムッシュのお姉さんの心情はいかばかりかと、思いました。


けれど、けれど、どんなに悲しい事が起こる人生でも、それだから人は不幸になるとは、思いません。
一つ一つの出来事には、きっと意味があるのでしょう。

暗い病室が、明るい病室になる可能性は、いくらでもあるでしょう。
どうぞいついかなる時でも神様からの語りかけと、内なる喜びがあるようにと祈らずにはいられませんでした。
トップへ戻る
nice!(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。