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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

アドヴェントの夜の急患

クリスマスも近づいている、寒い夜のことでした。

九時半ごろ病院をかたずけ、遅い夕食が終わりホッとしてテレビを見始めた十時ごろ、電話が鳴りました。

(今頃誰だろう、昼間具合の悪かった、犬のゴン太ちゃんのところかなあ?・・・)

受話器をとると、初めての人でした。若い女の子の声です。

「ハムスターが動かなくなったんです。時間外ですが、見てもらえますか?」

礼儀正しい話し方でした。

「場所はわかりますか?」

「はい、あの、バスで行きますから・・・、地図を参考に行きます。」

途中二度ほど、道順を聞く電話が入ったが、およそ40分ほどたって、電話の主は到着した。黒と白の毛糸で編んだ帽子を目深にかぶり、厚いコートを着込み、胸にハムスターの入った小さなバッグを抱えて、彼女はやって来た。

雨の中を歩いてきたのだろう。濡れているビニール傘をたたむと、静かに傘立てに入れる。

私は診察室で女の子の差し出したバッグを覗いた。中にはホッカイロが入っていて、ハムスターが寒くないようにしている。包んでいるハンカチを開くと、グレイの毛皮をしたジャンガリアンが横たわっていた。

私はいきなり触らず、ちょっとの間、観察する。

・・・呼吸していない! 胸が動いてない。ぴくりともしない。すでに冷たくなっている・・・いや、体は加温のせいでだろう、とても温かい。

そっとバッグから取り出して、目の前に抱えてもう一度見つめる。
ほんの一息でもいい、動いてくれるなら・・・。

じっと凝視するが、やはり呼吸はない。
聴診器を当てて耳を澄ませても、心音は聞こえない。

念のためエコーのスイッチを入れた。冬眠で、徐脈、心音微弱があるといけない。

じっとプローブを当てて胸部を調べるが、モニターの黒い画面に動きは見られない。やはり生きている望みを見い出せなかった。

「お気の毒ですが、すでに亡くなって時間がたっているようですね。」

私はハムスターの目を調べ、少し乾燥しかけているのを見ながら、そう言うしかなかった。

さぞがっかりするだろうと、心が重い。

せっかく寒い冬の夜、つれて来てもらったのに、
それも持ち合わせがなかったのか、タクシーでなくバスで来てくれたのに、
しかし、当院でしてあげられることは、なかった。

ただ、異変を発見してからずっと動かないハムスターを心配している彼女に、間違いなく亡くなっている事を確認する役割だけ、果たさせてもらったことになる。

「他にハムスターはいるのですか?冬の寒さに気をつけてあげてください。窓際は冷えますから、なるべく避けてください。」

「私はハムスターの容器に土を入れているんですが、土は冷えますか?」

「牧草のような物を、たっぷり厚く轢くか、暖房が要るでしょうね。」

女の子は、すでに諦めていたのだろうか?私の話を聞いても特に涙を流すのでもなく、言葉静かに夜道を帰っていった。

きっと、またバス停まで、歩いて戻るのだろう・・・。
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