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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

ツグミ

「先生、病院の前に鳥が死んでるらしいですよ。」

突然マル子がそう言った。

「え? 鳥が死んでる? どういうこと?」

「いえ、私も今患者さんから教えてもらったばかりでわからないんですけどね。」

マル子は流しの下を開けてごそごそしていたが、やがてビニール袋を取り出した。それと一緒に古新聞も持って出て行く。

私が院長室の窓から覗くと、なるほど病院の駐車場の車道に近接するあたりに小さな鳥が羽を伸ばして倒れている。ぴくりとも動かない。

マル子が近づいて古新聞に移そうとする。赤い肉片が一部垂れている。それらを集めながら小鳥の体を持ち上げると、風切り羽が2枚ひらひらと落ちてきた。
マル子はそれも拾って持ち帰る。

「どうだった?」

「はい、もう完全に死んでます。」

直接の死因は輪禍だろう。頭骨が割れ、腹部の皮膚も裂けている。
大きさはヒヨドリくらい、男性の手にならすっぽり収まるくらいだろうか。
嘴は細く茶色で基部の下付近には黄色がちょっと見える。

背中から主翼にかけてはスズメと似た羽色で、顔はグレイ、但し目の上と頬に白いラインがスーット水平に走っている。

「何でしょうね?」

マル子が野鳥図鑑を取り出して調べる。

「これじゃないかな! ツグミに似ている。」

「そうですね、やっぱりツグミかな。」

図鑑によれば
「冬の渡り鳥、戦前は食用にするため霞網で大量に取られていた。現在は禁止されているが密漁が絶えない。
 アジア大陸の亜寒帯で繁殖する。日本には大群で渡ってきてその後分散する。畑や林、あるいは都会でも生活する。
雑食性で昆虫やミミズ、柿の実などを食べる。」
とあった。

「ふーん、こんな小さな体だけど、この子も中国大陸かロシアから、はるばる飛んできたのかもしれないなあ・・・」

今は冷たくなった体を包みながら、尊厳を感じる。自然の営みの雄大さは人の知恵の及ばないところだ。

幾多の国境を越え、海を渡って、私の知らないいろんな世界の事を、このツグミは知っていたはずです。


「二羽のスズメは小銭でも買えます。けれどそんなスズメの一羽でさえ、神の許しがなければ地に落ちることはありません。」
               マタイの福音書
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張り紙

「もうすぐお昼だね、今日はどこからとろうか?」

十二時近くになり、お昼の相談が始まりました。
普段はスタッフみんな弁当を持参していますが、週に一回だけ、土曜日だけは出前を取る日にしているようです。

(フフフ・・・お昼は何を食べようかな?)

これが彼女達の最大の関心事です。

「うーん、じゃあ今日は、ツルさん食堂(仮名)にしようか!?」

「あ、ツルさんですか、あそこ、お店やめたみたいですよ。」

研修生のタマちゃんが突然そう言った。

「え! うそ! 本当なの?」

スタッフ達に衝撃が走る。だって、良くお世話になったお店です。

「あの、この前通りかかったたら、張り紙がしてたんです。もうお店をたたむような事を書いていましたよ。」

(悪い事言ったかしら?)と、どぎまぎするような目で、タマちゃんが補足する。

「えー、本当!? 無くなっちゃうの?」

マル子もカメ子も意気消沈、がっかり顔です。

いつもモヤシラーメンやら、チキンライスやら、ドライカレーやら、美味しいものを頼んでいたからです。

「出前を頼む時の店が、減っちゃったね。」

「そうよね、どうしてやめたのかしら・・・」

いつも出前に運んでくれたオジサンの顔を思い出しながら、ちょっぴり心配もします。
心なしか、彼女達にいつもの元気がなくなったようです。

・・・後日の事、

「先生、張り紙読んできましたよ。」

カメ子がそう言いました。

「『37年間お世話になりましたが、体調不良のため年末を持って閉めさせていただきます』というような事を、書いていました。」

「そうか、37年間か、長い間していたんだね。」

何歳の頃ご主人が自分のお店を開いたのかわかりませんが、37年間は十分長い時間かと思いました。
いろんな事があったんだろうな、話を聞いてみたかったなと残念でした。

人は永遠に生きるわけでもないし、永遠に今の仕事を続けるわけでもありません。
誰にでも必ず、閉じる日、終わりの日が来るのです。

私の動物病院も、あるいは世界中のどの人にも・・・。

その日が来るまで、神様から与えられた自分の課題に精一杯向かうだけです。
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老境(その2)

病院に連れ帰って体温を測るとだいぶ低下していました。やはり老衰が進み、体力が気候に耐えられなくなっているかもしれません。

まず温水で軽くシャンプーして皮膚のかぶれを軽減する処置をし、その後皮下点滴をしながら暖かい入院室に移します。
小さな体を小刻みに震わせながら、スーちゃんは黙って眠り始めました。
昼から夜までずっと眠りっぱなしです。

「まだ寝てるの? よく眠るねえ。」

「そうなんですよ。死んでいるかと思うくらい寝ています。」

とにかくその日はよく寝ました。いえ、翌日もよく寝ました。気が向いたらフードを食べてくれて、あとは寝てばかりです。昏々と眠っています。

血液検査をした範囲では、内臓に明らかな疾患は見つかりません。

「じゃあ、体をきちんと洗おうか。」

数日後、体力がありそうなのを確認して、全身のシャンプーを実施します。
認知症のため時々バタバタしたりウオンウオン鳴いていますが、それ以外は大きな抵抗もせず、体を洗わせてくれました。

「へえ、すごい奇麗な毛並みだね。」

「ええ、とてもしっかりしてますね。」

きちんとシャンプーをしたあと、その下から現われたのはびっくりするくらい奇麗な毛並みでした。白地に栗色のスジを無数に施したような、明るい美しい被毛です。

「横から見ていると、まるで4,5歳の犬と変らないよね。」

この子はきっとすごく長生きするタイプなのかもしれません。
私は感心して眺めていましたが、しかし本人は何をされているのかもわからないまま、ゆっくりした足取りで、入院室に戻っていきます。

それから二週間ほどたってからでしょうか、マダムとスーちゃんの今後を相談しました。

御主人が持病をもち、週に三回の病院通いが長く続いており、その上咬みつかれたりしたので怖くなったとの事。
今はスーちゃんに十分手が回らないようでした。

「しばらく病院で預かってもらえますか?」

ということで、スーちゃんは当分病院で暮らすことになりました。

しばしば遭遇する事ですが、飼主のご家族が健康を損なった時、長く暮らしたペットの世話をどうするかはいつも難問になります。
これから一人暮らしの世帯が増えるほど、ますます大きな問題となってくるでしょう。

安易な解決策はありません。けれど、これだけは言えると思います。

一番弱い、一番何も言えないものをもし大切にしていける社会を構築したら、
きっとそこは誰でも幸せになれる準備が整った社会だと。
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老境(その1)

「うちの犬が、もう食べんことなりましてね。どうしたらいいでしょうかね。」

それは師走に入ってまもない頃でした。あるマダムから相談の電話を戴いて、昼休みに往診に出かけました。

住宅街の中、草花がいっぱい植わった広い庭の奥、ブロック塀に沿った南の隅に、古い錆びた小さな犬小屋がありました。床の鉄板は腐食して傾き、その上に敷かれたベニアも湿っているようです。

木々の間からチラチラ粉雪が舞い落ちて、風具合では犬小屋にも吹き込みます。ちょっと寒そうです。

「最近、いつもこんな具合なんですよ。」

マダムの指さすその犬小屋の中で、縮まって眠っている一匹の柴犬がいます。
土汚れが乾いたような色の毛をまとい、私たちが来たのも気にせずひたすら眠ったままです。

「この頃はスー君は、犬小屋の中でオシッコしてるみたいです。フードを挙げようとしてもあまり出てこないし、食べさせようと口に持っていったら手を咬みつかれたんです。私、もう怖くなって・・・。」

マダムが困ったようにそう言われました。ムッシュも隣でうなずいておられます。

「うーん、随分弱っているみたいですね。16歳ですよね。やはり寒さにやられたかな?」

高齢なので、認知症も出ていると思われました。それにしても、老犬にはこの冬は厳しいでしょう。

相談の上、とりあえず入院させて様子をみることになりました。

「さあ、おいで!」

鎖を引いて呼ぶと、ふらふら首を動かします。首輪を持って小屋からゆっくり引き出すと、千鳥足で立ち上がりました。あまり状況がわかってないようで、私たちに特段反応も示しませんが、目の前に何かが接近したら咬みつこうという動作だけします。体から尿臭が漂ってきます。

「じゃあ、お預かりしますね。」

「はい、後で手続きにお伺いしますので。」

マル子に後部座席でスー君を持ってもらい、私は車のエンジンをかけました。

「お願いします。」

マダムとムッシュに玄関前で見送られて、スー君は病院へ出発です。
               
                (続く)
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アメショーですか?

「この子猫は、アメリカンショートヘアが、入っとるかね?」

待合室の里親探し中の一匹の子猫を指さして、寅吉君のお父さんが聞きました。白とキジの混じった模様の、おとなしい子猫です。

お父さんに抱かれて、寅吉君は腎不全治療のため、点滴をしているところでした。

「え? いえ、これには入っていないと思いますよ。」

通りかかったカメ子が、そう答えました。

「またアメリカンショートが入っていますかと聞かれました。これで二度目です。どうしてでしょうかね?全然そんな感じに見えないんですけどね。」

検査室に戻ってきたカメ子が怪訝そうな顔でそう言うと、マル子も答えます。

「そう、そうなのよ、私も患者さんからそう聞かれたのよ。なぜなんでしょう。アメショーには似てないと思うんですけどねえ。」

二人は顔を見合わせて、不思議がっている。

「ハハハ・・そうだね、あの子猫は普通の日本猫だと思うけど。

 もしあれにアメショーの血が入っていると言うなら、君たちにもハリウッドの血が流れていると言えるね。」

「 はい! 」

カメ子もマル子も、声を揃えて答えたのです。
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頭痛から

「こんにちわ!」

年明けのある日、久し振りに、リンちゃん(仮名)がやってきました。リンちゃんは小型犬の男の子、いつも病院内を駆け回る元気者です。

ハアハア言いながら、夢中で動き回るそのエネルギーにいつも感心します。

だけど珍しいことに今日はいつものようにマダムが一人ではなく、御主人らしい方もご一緒です。

「どうぞお入りください。えーと、今日は一月だから・・・、リンちゃんの混合ワクチンですね。」

「はい、ハガキが来ましたので、」

ご主人がリンちゃんを抱いて入ってこられました。

(おかしいなあ・・・いつものようにどうしてマダムはお入りにならないのだろう。体調が悪いのかなあ?)

チラとそんなことを考えながらリンちゃんを診察し、ワクチンをうっていた時です。

「実は家内はこの秋に硬膜下出血で、入院してまして・・・」

ご主人のほうから、そんな事を話して下さいました。

「え!そうでしたか!それは、思いがけないことでしたね。」

まだ50代で若いマダムです。予想もしなかった事態だったでしょう。

「いえね、前日から頭が痛かったらしくてね、朝になって『近くの病院に連れて行ってくれ』と、自分で言うんですよ。それで私が連れて行ったら、『これはすぐ大学病院に行きなさい』と言われましてね。」

「じゃあ、発見が早くてラッキーでしたね。」

マダム自身の自覚症状の判断が適切だったのでしょう。

それにしても当院まで犬に付き添って来られたからには、マダムの病後の回復もきっと順調のようです。

新しい年は、マダムの病気が暖かくなるまでに完治し、またリンちゃんと元気良く散歩されるようになる事を、期待します。
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しもやけ

「どうして私の足は、今だにしもやけができるんだろう?」

マル子が検査室で流しの前に立ち、洗い物をしながらぶつぶつ言っています。

「へえ、マル子はまだしもやけができるの? しもやけって、だいたい子供ができるものだよ。」

「ううう・・・、そうなんですか。でも、私、病院に来るとですね、足が痒くなるんですよ。」

マル子は水道を止め、足先を見つめながら、片足でサンダルを脱ぐとつま先を曲げ伸ばししている。なるほど、指の付近が少し赤い。

「病院に来ると痒くなる。そりゃあ、いかん。きっと、真面目に仕事をしてないからだな。血が巡らないんだ。」

「あちゃ! そうでしたか、私、もっと駆け回らないといけませんかね。」

「ハハハ・・まともなもん、食ってるか? ビタミン不足してないか?EとかCとか。」

「ビタミンですねえ・・・、正月に映画を観に行った時も、しもやけが痒くなって、片足靴を脱いでコートを掛けた下でボリボリ掻いてたんです。トホホ・・・」

いつもは気の強いマル子が珍しく弱音を吐いている。相当痒いんだろう。
私も中学の頃までしもやけで悩まされた。いつも熟し柿のように左手の皮膚がただれて出血までしていたから、マル子の辛さがわからないでもない。

「しもやけって、どんな感じですか?わたしほとんど出来た事がないから、よくわからないんですけど。」

そばにいたカメ子が、マル子の足先をしげしげ覗きこみながら横から聞く。

「しもやけはね、そうだなあ、冬中同じ所に蚊が刺すような、痛痒さがあるんだよ。」

「へえ! わあ、嫌だなあ!」

カメ子が顔をしかめる。

(ふん、カメ子の場合は、いつも頭の中がしもやけみたいなものだからな。)

私は黙ったまま、昨日来たメール整理を続けるのでした。
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明けましておめでとうございます

皆様、新年おめでとうございます。
病院猫の畏咲(イサク)でございます。

院長は正月惚けで、院内をフラフラしてますので、代わりまして不肖私が御挨拶させていただきます。

どうぞ2011年も宜しくお願いいたします!!

さてさっそくですが、なんですね、マル子は新年早々から変なこと言ってましたよ。

近くのI神社に初詣に行ったけど、交通整理のお兄さんが「こっちへこっちへ」と、合図をしていたそうです。

(やだな、あっちは遠くなるから、私は左へ曲がりたいんだ)

と、ウインカーを出したけど、相変わらず「こっちへこっちへ」と手招きされる。

そんなことにめげないマル子は、エイ!とばかりにハンドルを切り、左に曲がって近い駐車場に入ったそうです。
そしたら車を止めるところがたくさんあったそうです。

「なんだ、やっぱり、こっちも空いてるじゃん」

ね、こんな調子だから、普段から院長の言う事を聞かないのも窺えるでしょ?

さて、それからマル子は本殿に行っては見たものの予想外の人の多さにびっくり、そこに並ばないと前に進めなかったそうです。

「みんな、こんなに並んでまで、どうしてお金をあげに行くのかしら?」

と、考えたそうですが、とにかく時代が変わって良くなって欲しいと言う願いなのでしょうか?

さて、院長も北九州の鉄町教会というところで新年礼拝をささげたそうです。
たくさんの懐かしい方々に会って、力を戴いて帰ってきたみたいですけどね。
やっぱり心許せる仲はいいですね。

「自分の前に置かれている自分のレースを、忍耐を持って走り続けよう」
             ヘブル書12:1

との指針をもらったそうですが・・・。

それから、御礼が遅れましたが、
私、畏咲のために、わざわざイリコを本当に持ってきてくださった患者様、ありがとうございました。

武士の情け、恩に着ます。

今もなおオートバイレースに出場されているそうですが、転倒せず、怪我無く無事完走されますようお祈りします。
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