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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

日向峠から戻った

「先生、うちの近くにいた老犬が、最近亡くなったんですよ。」

マル子が床にモップをゴシゴシかけながら、そんな話をする。

「へえ、何歳ぐらいだった?」

「さあ、詳しくは知らないんですが、散歩中に倒れて、そのままだったみたいです。前から咳はしてたから、弱ってたんだろうと思いますが。

むこうの方が

『食欲が落ちたから、色々食べるものを捜してやってるんです。』

と言われたので、病院に連れて行ったほうがいいとは、お伝えしたんですが。

でもですね、その犬はもう十何年か前になりますが、昔何かの理由で、一回捨てられたそうなんです。

日向峠あたりまで連れて行ったそうです。(日向峠は10kmほど離れた所で、隣の前原市との境界をなすちょっとした山です)

だけど、すぐ戻ってきたそうです。その時足に怪我をして帰ってきたそうです。

『あんな峠から帰ってきたなら、こりゃあ、飼っちゃらんといけんなあ。』

すぐ傷の治療をしてもらって、それからはずっと家に置いてもらったみたいですが。」

「ふーん、そうか、・・・昔はよく、捨て犬があったからね。」

勿論捨て犬はいけない事だが、考えてみれば、山に捨てられても帰ってくる犬というのは、いじらしい話だ。

人のように、「チクショウ! 俺を見捨てるのか、それならいつか偉くなって見返してやるぞ!」

という、そんな気概も負けん気も無いかわりに、

犬は飼主の善意を信じて、信じて、信じて、地図も無く、北も南も分からず、誰にも聞いたり教えてもらったりできない犬が、一生懸命元の家を探して帰ってくるのです。

どうやって峠を越えて、知らない道をすぐ戻ってくる事が出来たのでしょう。本当に不思議です。

しかしその犬の足を引きずりながらも帰って来たいじらしさが、理屈ではなく、一度捨てた家人の心に何か響いたのではないでしょうか。

とにかくそれから十数年間、彼はその家の一員となりました。そして朝に夜に庭を見張り、家族を守り、ついに飼犬の生涯を全うしたのです。

散歩に連れ出してもらい、いつものコースをいつものように歩きながら倒れた事も、もしかしたら、必ずしも不幸とは言えないのかもしれません。

人だって、病気に対して十分な手当てをし、最新鋭の総合病院で最期を迎えるのが幸せとは限らないように。

病気であるのがわかっていても、いつものように出勤して、体の動く限り自分の仕事に取り組みたい。そう考えている人はいます。

坂本龍馬ではありませんが、人生安全第一を必ずしも人は選ばないようです。

そう決めて、うちに潜む病を知りながら今日も仕事着を着、靴を履き、「行って来るよ!」と出かける人は、きっとたくさん居られるのでしょう・・・。
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