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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

寝たきりで

「その節はお世話になりました。」

明るい顔をして、マダムKがおいでになりました。

「ああ、お久し振りです。その後はどうですか?」

すっかり忘れていたが、それは中型犬のジュンちゃんのお母さんでした。

・・・・・・・・・・・・

それはしばらく前のこと、当院にジュンちゃんが担ぎ込まれた来たのは、三月の25日夜中の12時半頃でした。

所用のためしばらく遠く高知まで出かけていたマダムでしたが、その日夜遅く帰宅すると、人にお願いしていたジュンちゃんの具合が良くないのに気がつきました。

いつもは歩けてたのに立ち上がれなくなり、息づかいも荒いのです。

年齢は16歳、超高齢ですが、秋田犬の血が混じり体重は20kg近くあります。

(どうしましょう・・・、こんな夜中に、どうしたらいいかしら・・・)

マダムもご年配で一人暮らしです。途方にくれて考えあぐねていると、ふと思い出しました。

(こんな時頼めるのは、あの先生しかいないわ。)

もう夜の11時を回っていましたが、マダムは決心をするとすぐ、以前お世話になったドッグスクールの先生宅に電話を入れます。

「もしもし、ドッグスクールの先生ですか?夜中にすみません。ジュンちゃんの様子が悪いのだけど、とても動かせなくて・・・・・」

ジュンちゃんは若き頃、テレビのコマーシャルにも出たことのあるタレント犬です。その時もドッグスクールの先生にお願いしました。

海風に吹かれてじっと岸壁に佇み、水平線を眺める、飄々とした渋い役を果たしましたが、電話をかけながらマダムは、ジュンちゃんのかつてのそんな姿を思い出しました。

ドッグスクールの先生はすぐ車を出し、ジュンちゃんを乗せると当院に連れて来られました。
それから2週間ほど入院治療を受けて、容態が落ち着き、食欲も出た後はドッグスクールでリハビリ介護を受けることになったのです。

それから半年弱、9月も下旬になって久し振りにマダムがお出でくださったのです。

「その節はお世話になりました。ジュンはあれからずっと寝たっきりで、立てないままでした。向こうの先生がジュンの車椅子を作ってくれて、歩行訓練をしてくれました。

私も毎日会いに行きました。

8月に入って暑い中、体があまり動かなくなり、今月から食欲が衰えてきました。

最後の土、日は異常に食べたのですが、月、火とずっと眠り込んで、水曜日の朝に亡くなりました。
精一杯やったので、今回はあまり涙も出ず、悲しいというより、晴々とした気持ちです。

ありがとうございました。」

マダムはわざわざお出で下さり、丁寧なご挨拶を頂いたのです。

それにしてもと、わたしは驚嘆しました。

私たちはあれからジュンちゃんの世話に関わりませんでしたが、スクールの先生夫妻やスタッフの皆さんは、食べることから下の世話、褥瘡の管理まで半年近く、ずっと支え続けてこられたことを聞き、感心しました。

どんなにか、大変だったでしょうか。よくなされたなあと思います。

弱い生き物を大切に出来る社会は、優しい社会です。

そして、一頭の犬にこれほど十分な世話が出来るなら、

同時に一人の高齢者に、十分な幸せが用意できる空気が、世の中に整ってほしい。

そんなことも、思い巡らし願ったのでした。
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