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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

突然の別れ

「昨日は何故だかいつもよりずっと元気だったんです。若い頃みたいにはしゃぎまわって、私に遊んでくれ、遊んでくれって、まとわりついてきたんですよ。」

マダムIが、酸素吸入をしているタンタ君を見つめながら、そう言われる。

タンタ君は今月の誕生日が来たら14歳になる中型犬でした。賢くて、おだやかな性格の子です。

「今朝も散歩に普通に出かけて、帰って来たんです。その後私が家事をしていたら、庭に出たそうにしたんで、窓を開けたらきつそうに降りて、下痢をしたと思ったら、急に倒れたんです。」

まったく突然の出来事で、マダムもびっくりして急いで連れて来られました。タンタ君の舌は紫色で、もう立ち上がる力がなさそうです。

意識は失われていませんから、脳神経疾患ではないと思われました。

すぐに心不全の処置をし、検査に取り掛かりますが、そうしているうちにみるみる呼吸も弱くなりました。

「タンタ、タンタ、もうすぐお兄ちゃんが来るからね。」

タンタの耳元で、マダムが呼びかけます。

タンタ君は小さな子犬の頃から当院にかかっており、ご家族に可愛がられ、優しいワンちゃんであることは私たちも良く知っています。

「犬の世話をしてあげてるように思えますが、本当はタンタからは私たちのほうが、今までたくさんのものをもらってきたんですよ・・・。

ねえ、タンタ、お兄ちゃんが来るまで頑張ってね。お兄ちゃんが大好きだったからね・・・。

あなたが来た時は、お兄ちゃんは六年生だったね。

お父さんが単身赴任で、あちこち勤務地が変わってた頃で、でも、タンタがお兄ちゃんと弟と、二人をよく育ててくれたものね。

タンタがいてくれたから、みんな明るく育ったもんね。」

マダムが処置台のタンタを抱きしめながら、ありがとうを繰り返しています。

すでにお兄ちゃんは、タクシーに飛び乗っているはずです。仕事を放り投げて、病院に向かってきています。

お父さんも出先から、会社の車を運転して、まっすぐこちらに向かって来ています。

「もうちょっとよ、頑張るのよ、タンタ!」

今か今かと、ご家族の到着を待つ部屋に、
シューッ、・・・シューッと、人工呼吸器の低い音が続きます。
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