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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

ダニなんだよ!

昼食を食べ終えて、カメ子は看護士の問題集を読みながら勉強していた時です。

自動ドアがスーッと開く音がしたかとおもうと、元気な男の子の声が待合室に響いてきました。

「お祖母ちゃん、早く、早く!・・・」

バタバタと男の子は、落ち着きがありません。

と、すぐにお祖母ちゃんと呼ばれたマダムが入ってきます。

「あの、すみません。もうし! ・・・」

「はい、どうされました?」

「いえ、あのお、すみませんが、トイレを貸してもらえませんか?孫が、おしっこをしたいと言い出して・・・。」

「ああ、はい、どうぞ、あちらの洗面台のあるドアですよ。」

「はい、ありがとうございます。さあ、あっちよ・・・」

気ぜわしく声をかけると、マダムは3〜4歳の男の子を連れて、トイレに走った。

しばらくして、ほっとしたような表情に変わりマダムがゆっくり戻って来られた。

男の子はその一足先にバタバタと走り待合室に戻って来たかと思うと、猫の入院室の前で急にピタリと立ち止まる。そしてそこの壁に掲げられている茶色の虫の大きな模型を指さすと、大きな声をあげた。

「あっ! お祖母ちゃん、カブトムシだ!」

(違う、坊主! そいつはマダニだぞ!)

その模型は、マダニが媒介する血液病について啓発するポスターに添えてありました。
カメ子は休憩室で本を読みながら、心の中で返事をしましたが、わざわざ待合室に出て行って、訂正したりはしません。

(なるほど、カブトムシの雌に似ていなくもないな。でもね、体形がやっぱりちがうでしょ!?)

次に男の子はカウンター上の壁に目を転じると、また指さして叫ぶ。

「あっ! ヘビだ!」

(また違うぞ、坊主、よく見なさい。手足があるでしょ、それはカメレオンだよ!)

声には出さずに、もう一度カメ子は答えた。本に目を落としているが、心の中はすでに集中力が途切れていた。

男の子は、握った拳を突き出すと正義のヒーローのような格好で、飛ぶように待合室を出て行った。後をマダムが追いかける。

「どうも、ありがとうございました。」

「いいえ、お気をつけて。」

男の子が帰っていくと、再び待合室に静寂が戻った。

・・・・・・・・

「そういうことがありましたよ。」

夕方、カメ子からそんな話しを聞きました。

ふーん、カブトムシに、ヘビか・・・・

私は綺麗なカメレオンの壁掛けを見上げながら、苦笑いした。

悦にいって掲げてみても、相手が何と思うか、聞いてみなくちゃわからないことも人生には多いのでしょうね。

子供だけじゃなくて大人も、・・・人って結構思い込みながら生きていますからね。
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