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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

治療の選択

「この頃リリーちゃんが食べないんです。食べても吐くんです。」

マダムKがゆっくりゆっくり歩きながら診察室に入って来られると、そう言われました。

ご主人がキャリーに入った猫のリリーちゃんを抱えて後からついて来られます。

お二人ともご高齢ですが、マダムは脊柱管狭窄症で大変腰が辛いと言われます。杖をつきながらゆっくり診察室に入って来られると、腰を下ろし、リリーちゃんの容態を話してくれました。

「いつぐらいからですか?」

「ひと月ほど前から、だんだんに・・・、そして、昨日からは、もう何にも食べなくて・・・」

リリーちゃんはもう14歳になる高齢猫ですが、体つきはまだしっかりしています。

それからしばらく治療しながら様子を見ていましたが、食べたり食べなかったりしつつ、徐々に痩せてきました。

検査の結果、どうやら腫瘍が腹部にあるようです。

「お腹を開けて、調べる必要があります。」

「ええ、でもねえ、・・・・」

年齢を考えて、マダムは決心ができません。ムッシュはそばで、マダムの気持ちに任せています。

「そうですか、手術はしませんか?では、抗がん剤を使いましょうか。」

「え? 抗がん剤ですか? ・・・」

マダムの気持ちでは、強い副作用があるなら、それも使いたくないようです。

結局、ステロイドの穏やかな薬だけで治療になりました。

それでも薬を使い始めてから、めきめきリリーちゃんは元気になり、マダムは毎日嬉しそうに連絡をしてくださいます。

「今日も、よく食べます。美味しそうに食べます。」

「そうですか、良かったですね。たくさんあげてください。」

マダムには一か月くらい、改善が期待できること、けれどまた再発が予想されることを伝えていました。

それからしばらくは嬉しそうな電話ばかり頂きましたが、ひと月ほどたった頃、また食欲が落ちてきます。

「先生、なかなか食べません。食べないのに、吐いて、血も混じります。」

「先生、今は寝ています。自分の両手で頭を抱えて良く寝ています。」

「あの時先生から、手術しなければひと月と言われたけど、食べてくれたのはちょうど一か月くらいでしたね・・・。」

マダムは八十歳を越えておられますが、電話の向こうから、しっかりとした声で、辛い気持ちを話し続けられます。

窓の外では、きれいな桜が散り始めましたが、長い間世話をしてきた可愛い猫の、病む姿を見るのが辛くて、マダムには心が痛んでならない、そんな今年の春です。
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