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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

図工準備室の秘密

それは今から18年ほど前のことでした。

福岡市を一望する油山から注がれる一本の小さな川があります。樋井川です。その川から坂道を登ったところにある小学校の正門のところを、一人の綺麗なマドモアゼルが通りかかりました。学校の先生です。

「あー、昨日の運動会は疲れたわ! でも、子供たちも頑張って、盛り上がって、楽しかったな・・・。

今日は代休だからゆっくり休めるわね。校庭に誰か来てるかな?・・・

あれ、門の前に紙袋が捨てられて、ゴミかしら? 嫌だわ! 昨日きれいに片付けたはずなのに・・・。えっ?袋が動いた!

まあ、何かしら? 何か入ってるみたい!」

彼女は恐る恐る近づくと、ごそごそ動く紙袋の中を覗いてみます。

「あらー、子猫だわ! 可哀そうに・・・、こんな袋に入れられて。」

それはまだ目も開いていない、生まれて間もない子猫でした。白にキジの混じった毛色です。

「わー、どうしようかしら。こんなにちっちゃくて、・・・でも、置いとくわけにはいかないし・・・。」

結局マドモアゼルは、家に連れて帰りました。そして、ミルクや哺乳瓶を買ってきて、せっせと世話をしてあげたのです。

授乳の必要な子猫を育てたことのある人は、その大変さがわかります。一日五度、おしっこをさせたり、排便させたり、ミルクを飲ませたり・・・

「明日は仕事が始まるのに、子猫どうしようかしら・・・朝から晩まで、家に置いとくわけにはいかないだろうな。」

結局彼女は、バスケットにくるんで、子猫を学校に連れて行きます。

(どこに置いとくかな?うーん、置いとけそうなとこ・・・)

考えた末、人の出入りが少ない図工準備室に置いておくことにしました。
(暇を見つけてミルクをやりに来よう。)

しかし、そううまくはいきません。子供たちの直感をあなどってはならないのです。

「先生、どこ行くと? 何持っとると? 何でここでうろうろしよると?」

「いいのいいの、あっちに行ってなさい。」

「あっ、何か怪しい。先生、絶対何か、隠しとるね!」

「何も、隠してません。」

「あっ、何か、猫の鳴き声せん? みんな、ほらほら、鳴きよらん?」

「ほんと、鳴きよる! 先生、ここで、猫飼いよると?」

「もー、困ったわね。あのね、昨日拾ったとよ。まだ小さかけん、ミルクやらんといかんけん、こそっとここに置いとると。」

「わー、見せて見せて、きゃー、可愛い! 先生、ちっちゃいね、これ、オス、メス?」

「まだ、よくわからん。あのね、これは秘密よ。ばれたら、ここに置いとけんごとなるけね。」

「うん、わかった。」

「絶対よ、もしばれたら、あんたたちが喋ったって、直ぐ分るんやからね。そしたら、もう、猫は置いとけんよ。」

「うん、絶対喋らん、おい、みんな、秘密やぞ! 」

「うん、秘密、秘密。先生と僕たちだけの秘密!」

とはいえ、他の猫好きの先生達がぞろぞろ図工準備室に出入りするようになったのは、多分マドモアゼル自身が同僚に喋ったからでしょう。

それから一か月ほどは、図工準備室の看板を掛け変えて、子猫授乳室になったかどうか・・・。

・・・・・・・

「ピン吉にはそんな思い出があるんですよ。」

元マドモアゼルは、この頃老衰で弱ったため、点滴に通って寝ているピン吉の顔を見つめつつ、今は遠い話しをしてくださいました。

そんないきさつを聞いた時、私もなんだか思ったのです。

担任の先生と、絶対秘密を持ちながらすごす、そんなワクワクする小学校時代、いいなって!
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