爪に穴を開けろ そのⅡ
自分の爪に針を刺すのですから、非常に慎重になります。
あくまでも軽い力で、とにかく少しづつ、細心の注意を払って針先を見つめます。
コリコリ、コリコリ、コリコリ、コリコリ・・・
あまりにも圧力をかけないので、針先が進みません。
(ううう・・・緊張する、もう少し、強めにしないとだめかな・・・・)
コリコリ、コリコリ・・・・
少しだけ、針先から削りかすが出てきました。これは、爪に穴を掘り始めた証拠です。
(ふー、よし、この調子で、ゆっくりだ。)
私は大きく息を吸います。穴を掘っている時は、自然と呼吸を止めてしまうので、息苦しくなります。
コリコリ、コリコリ、コリコリ、コリコリ、・・・・
段々針先が爪の中に沈んで行くように思えます。爪の厚さは、どれぐらいあるのでしょう。
痛みはまだ全然、感じません。ただ、膿んでいる故のシクシクした軽い疼痛を覚えるだけです。
(あと少しだ、多分。 だって、針先が1mmは入っているし・・・)
いっそう慎重に、私は注射針を回しながら、針先が貫通する瞬間を、感知するために全神経を注ぎます。
(あっ! これは、もしかしたら・・・)
ついに透明のリンパ液が、微量滲み出てきました。でも、少しも痛くありません。
(もう少し、もう少し行け!)
私はさらに針先を回しながら、膿が出るのを待ちます。
と、その時です。凍った湖に穴を開けてワカサギを釣るように、私の爪に開けた微細な針孔から、薄緑色の膿がじわじわと静かに溢れてきました。
(やった! できた! 爪に穴を開けたんだ!)
私は夢中でその周辺を圧迫します。ぎゅっと押さえるたびに、少量の膿が出て来るのでそれをぬぐい、また圧迫します。繰り返しているうちに、爪の緑色になっていた部分が、だんだんピンクの肉色を取り戻してきました。
成功です。ついに排膿をさせました。数日間たまっていた膿を、出したのです。まるで青函トンネルを貫通させたかのような達成感を、しばし味わったのです。
痛くはありませんでした。注射器を持つ時も、キーボードを打つ時も、爪に絶えず向けられていた注意力はその日からなくなり、自由に物を握り、作業が出来るようになったのです。
良い勉強になりました。これからは、犬や猫の爪一本の傷病にも、同情といたわりをもって、接しなければいけませんね。