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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

狙われたカメ子

「じゃあ、お疲れさん!」

「はい、お疲れ様です。・・・あ、先生、この前ですね、私帰り道に近所のスーパーに寄ったんですよ、」

一日の仕事を終え、疲れを覚えながらもほっとして病院のドアのカギを閉めていた時です。星空の下でカメ子が立ち止ると、急に思い出したように、話し始めました。

「それで、自転車を店の入り口に止めてですね、ユニフォームとカーディガンの入って袋を籠に入れたまま、私は夕食の買い物をしに行ったんです。すぐ戻ったんですけど、そしたら、確かに紐をキュッと締めていたはずの、自転車のかごの中の袋がパカッと開いていて、中を探られた様子があったんです。

私は間違いなく、かっちり締めていたはずですから、これは誰かが貴重品を狙って、物色したんだと思いました。」

「ふーん、そんなことがあったのか。いやだねえ、自転車の籠をさぐるなんて、たいしたものは、置いてないだろうにね。」

「その人も、中を見回して、何もなかったんで、がっかりしたかもしれませんね。それにしても、気味が悪いです。」

白衣の天使のユニフォームなら賊も持って行ったかもしれないが、猫のおしっこの臭いがする動物の毛だらけの服では、舌打ちしてすぐ離れたに違いない。

まあ、何も被害が無かったので良かったですが、いずれにしろ油断大敵です。ささいなことであれ犯罪の餌食にならないよう、自分で気をつけねばならないのは、確かなようです。

カメ子の話しを聞きながら、昔、私がまだ小学生だった頃、「人を見たら泥棒と思え」ということわざをさかんに耳にしたことを、ふと思い出した。

なぜだろう、なぜそんな言葉が、行き交った時代だったのだろう。たぶん、戦後のまだ厳しい復興期だったからだろうか。盗まないと生きていけない人たちも、多かったのかもしれない。

なるほど、・・・考えてみれば、

経済大国とか、先進国であることを誇るより、「今まで盗っ人を見たことない」とか、「刑務所が無い」という国であることを目指したほうが、私たちは幸せな暮らしを享受できるのではないかしら・・・。

 

 

 

 

 


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責任重大ジョン君

「先生、やっと、初七日が終われたんですよ!」

 二月の始めの頃です。マダムEが愛犬の薬をとりにおいでになった時、賑やかな声でそう言われました。

「あれ、・・・もう、一週間たちますか?」

「はい、ばたばたと大変でしたねえ、フフフ・・・、なにしろ父は84歳だったでしょうが。去年の秋に心筋梗塞で一度危なくなって、でも、それを乗り越えたから、もう仕方がないかと覚悟はしていましたから。

だけどね、母のことをちょっと気をつけとかんと、いかんみたい。

数日前、夕食にある店に入った時、『ここ、初めてやね。』って、言うたんですよ。『なん、言いよると、お母さん、前にも来たやろもん。』と、言ったんですが、『ははは、そうかね、いや、初めてやね。』って、言うてね。どうも、おかしいですわ。

先生、だから、父が亡くなって、気が抜け取るから、ちいと、母の事気をつけとかんといけんわ。」

「あら、そういうことがあったんですか・・・、一人暮らしでは、お母さんも、寂しくなるでしょうしね。」

「そうよ、だけんジョンがいるのが大事。ジョンだけは元気にしておってもらわんと、ジョンまでどげんかなったら、大変やわ。

先生、父と母はね、いつも近所のスーパーに一緒に買い物行きよったと。四輪車押して、ジョンも連れて、二人と一匹でね。

スーパーへは犬は入れんけん、父は外でジョンと待ってて、母だけ一人で買い物して来てね。

近所の人もいつもそれを見とるけん、最初の頃は『おや、お父さんは、どうしたと!?』って、よく聞かれてたんやけどね、入院してしばらくしたら、もう聞かれんごとなった。

まあ、そんなですから、母が大丈夫か、しばらくジョンと暮らして様子をみんといけんみたい・・・。」

マダムは、快活に笑いながら、そんな様子を教えてくださいました。

お元気な頃は、いつもお父さんも一緒に当院に来てくださり、みんなで大笑いしながらジョン君の予防注射などしていたのが、懐かしく思い出されます。

寂しいに決まってますが、それでもジョン君がぜひグランドマダムの良い共同生活者になってくれたらと、願います。


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急いでトリミングを頼んだ理由

「ルルルルr・・・」

ある日の昼下がり、電話が鳴りました。

「もしもし、急ですみませんが、明日トリミングをできますか? それで、三時過ぎまでに出来上がりますか?」

「あら、マダム、え?ラッキーちゃん(仮名)を、三時までにですか・・・、はい、何とかできると思います。」

すでに一頭先約がありましたが、二番目のとりかかりでも、多分三時までに出来るでしょうとのマル子の判断で、引き受けることにしました。

翌日、プードルのラッキーちゃんが来ました。少々もつれ毛です。

(うーん、これはもつれを解くのに少し時間がかかるわね。)

それでも三時までに終わるように、スタッフは手早く仕事にとりかかります。普段よりおしゃべり少な目に・・・、幸い予定通り、トリミングは終わりました。約束通り三時五分前に、マダムがラッキーちゃんを迎えに来られました。

「マダム、どうもお待たせしました。」

「ありがとう、ごめんなさいね、急がせて。実はね、もう、主人の具合が悪いのよ。去年の四月に癌が見つかって、その時点でお医者さんから『もう難しいかと思います。』と、言われてたの。それでも、正月も迎えられたし、今までもったから・・・。

今度、転院して、ホスピスのある病院に入れようかと思っているのよ。あのね、そこなら、ラッキーも一緒に入れるんだって。犬を置いてもいいんだって。ラッキーは主人が大好きで、いつも主人のそばについてまわったからね。

主人もラッキーラッキーって、呼んでいたし。それでね、病室に入る前に綺麗にしとかないといけないかと思って、今日、トリミングをお願いしたのよ。」

「えっ!? そういう事情だったんですか・・・。それで、トリミングを・・・。」

私たちは絶句しました。つい数か月前まで、ゆっくりした足取りで、ムッシュも一緒に来院して下さっていたからです。

(そうか、愛犬も一緒に入院できるホスピスがあるんだ。最近はそんな施設もあるんだ、それでトリミングを・・・。)

美容の部門は、ただ単に清潔で可愛くて快適な生活を提供するサービスだと思っていましたが、そうじゃない。

人はそれぞれ、色々な事情を抱え、色々な思いで、時には胸に悲しみを秘めながら、笑ったり、車を運転したり、そして犬を綺麗にしたりしているんだ。私は改めて、そう思わされたのです。

推察力は人並みにあると思っていた私でした。                                              しかし、まだまだ予想外の出来事にドキリとすることばかり、想像力の及ばない世界が、すぐ隣りで繰り広げられていることを気づかされたのです。


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確定申告

「先生、またいつもの皮膚病が出ました。 今度はすぐに薬を使い始めたのですが、最初は広がったけど、今は少し落ち着きました。・・・あっ、先生、今日も塗り薬は少し多めに下さい。なかなか、仕事の休みがとれないから。」

夜、暗くなった頃、猫のクリちゃんのを連れて、マダムがおいでになりました。

「おや、また皮膚病が出ましたか! いつもマダムはお忙しそうですね。」

「ヘヘヘ・・・はい、実は税理士事務所に勤めているので、今は忙しくて・・。」

「あらまあ、それだったら一年中で今が一番忙しいでしょう。」

「フフフ・・・はい、皆さん、今頃になってどっさり領収書を持ってきたりするから、大変です。

『だって、税理士さんに毎月頼んだら、高いでしょ。』って皆さんすぐ言われるんですが、私は『一年に一回のほうが高いとよ! 税金のことを考えたら、毎月にした方が結局安くつくの!』って、言うんですけどね。フフフ・・・。」

この前もね、確定申告で来られた方が、夫婦ゲンカを始めたの。

『こんなに、所得が計算されて、あなたが飲みに行った時、領収書を持ってこないからよ。』

『そげんことはできんよ。接待したお客さんの聞いてる前で、いちいち領収書下さいと言えるか!』

『だって、あなたが領収書をちゃんともらって来てたら、こんなに税金を払わなくても済むでしょうが。』

『できん、できん』

それで私は、ケンカが落ち着くまで、しばらく黙って待ってましたよ、フフフフ・・・

それにしてもクリちゃん、あなたはいつも年末調整とか、確定申告とか、忙しくなった頃に限って皮膚病になるねえ、・・・どうしてかしらねえ、困ったものねえホホホホ・・・」

マダムはにっこりそう言われると、クリちゃんの入った大きなキャリーを抱えて、帰って行かれました。

申告期限の3月15日まであと二週間、どうやらそれまでマダムは忙しくて休む暇がなさそうです。 

 

 


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