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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

屋根裏の積み藁の記憶

「先生、アコちゃんの頬が、また腫れてきたようです。」

ダックスのアコちゃんを連れて、ムッシュ&マダムKがお出でになりました。アコちゃんはダックスの女の子、今年18歳になりました。

「あら、また腫れてしまいましたか、ムムム・・・これで、もう四回目ですね。」

恐らく臼歯の歯根が化膿しているのだと思われますが、高齢のため無理して歯は抜かず、そのたびにいつも薬で対処していました。でもこう何度も繰り返すようでは、今後は化膿菌が悪さすることも心配です。

「どうしましょうか、マダム。やっぱり抜いたほうが良いかもしれませんね。」

「そうですね・・・、うーん、・・・そうですね・・・。」

つかぬ決心を、つけねばならぬ状況と言うのでしょうか。抜歯手術をしても心配、しなくても不安。相談のうえ、已むに已まれぬ思いで、抜歯に踏み切ることになりました。

そして手術の当日、朝食を抜いて連れて来られたアコちゃん。午前中の血液検査を終えて、お昼に手術が始まりましたが、患部は歯根が三本ある大きな臼歯です。一部に化膿があるとは言え、がっちりした歯で、処置はなかなか困難でした。一時間半以上かけて、患部の歯と、それ以外に動揺している歯を4本抜き、処置は終わりました。

さて、夜、まだ回復が十分でないアコちゃんを見まいに来られた時、ムッシュが待合室に出されている里親探し中の黒白のやんちゃな子猫を見ながら言われました。

「僕が子どもの頃、家で猫を飼っていたんですよ。うちの作業場屋根裏に藁があったんですが、僕は時々そこの梯子を登って遊んでいたんです。え? 農家? いえ、違うんです。うちは畳屋だったんですよ、それで、畳床を作るのに、藁が必要だったんです。

で、屋根裏に上がると、飼っている猫がすでにそこに来てたんですが、僕に気がつくと、僕の袖口を咥えて、『こっちへ来い!』って引っ張るんです。

何するのだろう?と思いながら、それで猫について奥へ行くと、猫がそこで座り込んで、出産を始めたんです。びっくりしました。こっちへ来いと、引っ張って、産み出したから・・・。

その後も何度か、授乳中も、しばしば袖口を引っ張って、呼ばれました。なんだか、不思議でしたね・・・。」

高齢のアコちゃんの心配をしながら、そして今日はご自分も検診を受けて来られたそうで、疲れた体と、ほっとする思いと交錯して、ふと子供時代の記憶がよみがえったのでしょうか。

屋根裏で、少年と飼い猫だけの心の通い合うドラマを想像し、映画の一シーンを見せてもらったようでした。

藁の優しい匂いと、その暖かな感触と、そして切なくなるような郷愁が溢れる、ムッシュの想い出話でした。


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