三毛猫、お前は運がいい。
12月のある寒い日、段ボールに入った一匹の三毛猫を、を中学生たちが運んできた。
「あら、もう死んでいるみたいよ。」
骨と皮になったその汚れた三毛猫は、ぺっしゃんこで、冷たくなり、動かなかった。
「せっかく連れて来てくれたけど・・・」
「いや、ちょっと待って!」
しかしもう一度じっと見つめていると、10秒に一回くらい息をしてる。
「生きているわ! 死ぬ寸前だけど、まだかろうじて息をしている。」
私たちは中学生が置いて行ったその三毛猫を、暖房の入った部屋に移し、ゆっくり点滴を始める。
ところが干からびた体にいくら点滴液が入っても、バリバリに張り付いた皮膚は、体にあくまでもこびりつくように粘着して水分が体に行き渡らない。入れても入れても大量のおしっこで、出ていくばかり。
「むむ、血漿増量剤を使おう」
点滴液を変え、その後ようやく体に柔らかさが、ゆっくりともどって来る。
しかし、目は分泌物で固まり、鼻水も溢れ、こん睡状態で眠り続ける。そして寝ていても、ひどい下痢をする。なにしろ一時間ごとにか30分ごとにか、点滴液が吸収されるにつれ、これ幸いと利用するかのように、下痢が繰り返された。たった今体を綺麗にしたと思っても、次に見に行ったら、また体中に下痢が付着してぷーんとひどい下痢臭。
「これはたまらん、むむむ、検便だ!」
顕微鏡を覗くと、回虫卵にマンソン裂頭条虫卵に、運動性細菌と、うじゃうじゃいる。
「ふーん、さぞかしワイルドな食生活をしていたんだな・・・」
点滴を始めて少し体温が戻りつつあったので、翌日、駆虫処置を行う。それで下痢の回数は多少減って行ったが、完全に止まるまでなお十日ほどかかった。
「とにかく食わせないと、なんとか食べてくれないか!?」
しかし、ミイラのような三毛猫は、鼻が詰まっているからか、何も食べようとしない。
「仕方ない、経鼻チューブ装着だ」
私たちは三毛猫に鎮静をかけ、鼻の穴から胃へ細いチューブを通し、皮膚に糸で留めた。
それから二週間あまり、チューブで強制的に胃へ高価な流動食を送り込んだ。猫は少しづつ体にふくらみを取り戻してきたが、それなのにいつまでたってもやはり自分で食べようとはしてくれない。
野生動物を保護した時、しばしば何も食べずに餓死していく個体がいるように、この猫は全く食べない。
「もしかしたら食欲中枢でも、やられているかしら?」
そういつまでも、チューブで養い続けるわけにはいかない。チューブを縫い留めている糸が切れたのを契機に、流動食はやめたが、二日目、三日目とやはり食べない。ただ、不思議とご機嫌は良いみたいで、ごろごろ喉を鳴らして人の手にスリスリ頭をこすりつける。
目は瞬膜とまぶたが癒着して、両目とも開かない。ほぼ盲目に近い。重症の結膜炎か何かで、癒合してしまったのか。
「これでは不自由だろう・・・」
麻酔をかけ、少し乱暴だが癒着した個所を切り開き、自由に目が開くようにトリミングする。瞬膜が解除され、目が開いた時、幸い両方のひとみは綺麗に温存されていた。黄色の虹彩が見える。
「どうだ、フードを食べないと、助からないぞ!」
翌日、食欲増進剤を注射。
そして保護から24日後、ついに三毛猫は自分でフードを食べた。やっと食べた。ようやく食べてくれた・
「先生、食べました!初めて食べましたよ!」
スタッフが嬉しそうに言う。
「そうか、とうとう、食べてくれたか・・・」
これで、ようやく生きていける見通しが立った。
「おい、三毛猫、お前は運がいい。」
私はステンレスのケージに入っている、小さな三毛猫に話しかけた。
でも、これは誰に言っているんだ!?
私はこれを三毛猫に言いながら、しかし心の別の部分で、自分自身の人生に重ねて念じたことを、はっきり感じていた。
そうだ。振り返れば、私自身も、目に見えない誰かによって、同じように生かされているんだと、感じないわけにはいかない。
「おい、ハゲオヤジ、間違いなくお前もそうなんだぜ。」
空の高いところで、そんな声が響いている気がする。
13年待ったのよ
「こんにちわ、ボブのお薬を貰いに来ました。お願いします。あ、あそれから、今度名前が変わったので、書き換えをお願いします。」
クリスマスも近づいた12月の下旬、ミニチュアダックスのボブちゃんを連れて、マドモアゼルがお出でになりました。
「はい、どうぞ、ボブちゃんは・・・えーと、体重は少し減りましたね。」
「はい、フフフ・・・、食事を厳しくしているので、その成果かな?」
ボブちゃんは太り過ぎで、両側に会陰ヘルニアが出来、春に大手術をしました。それで、太ることに気をつけて戴いています。
「名前が変わられたとか・・・」
いつもニコニコして居られるマドモアゼルに、お聞きすると、またニコニコしてこう言われた。
「はい、長く付き合ってた彼と、今度入籍したので・・・」
「それはおめでとうございます。良かったですね。」
「あら、動物病院で、おめでとうと言われるとは思ってもいませんでしたが、エヘヘ・・・、はい、ありがとうございます。もう、13年付き合ってたんですよ。」
「じゃあ、何度もプロポーズされても、なかなか首を振らなかったのでしょうね。」
「違うんですよ、全然、プロポーズされなかったんです。このままでいい!みたいな感じで。それで私もずっと待ってたんですが、もう限界、これ以上待てない、今年で最後別れようと思ってたんです。
そしたら、へへへ・・・」
「ふーん、じゃあ、よっぽど、ロマンチックな場所で、プロポーズされたんでしょう!?」
「それが、二人とも疲れて眠りかけている時で、『ねえ、結婚しようか』『うん? え、ああ、いいわよ・・・』そんな調子だったから、翌朝、私聞いたんです。
『ねえ、あなた、昨日の夜、私にプロポーズしたっけ?』『うん、たしか、したと思うよ。、うん、したした。』『あ、やっぱり、夢じゃなかったんだ。』
ね、こんな調子だったんです。でも、いいんです。とにかく、そういうわけで、良かったんです!!」
いつも明るいマドモアゼルですが、その日はさらにニッコリと、素敵な笑顔でした。
とびきり嬉しいクリスマスになりましたね。長ーく、お幸せに!!
前の車、止まりなさい!!
「この前ですね、私、バスに乗っていたんです。そしたら後ろから『前の車、止まりなさい!』って、拡声器の声が聞こえて来たんです。なんと、私の乗っているバスに言ってたんです。」
夜、私が検査室のパソコンの前で、メールに目を通していたら、そばでカメ子が話し始めた。
「(一体、何? バスもおまわりさんから止められるの?)
私、不思議に思いながらドキドキしたんですけど、それで運転手さんはバスを脇に止めたんですよ。そしたら警官が前に走って来て、『ドアを開けて!』って言うんです。運転手さんが自動ドアを開けたら『降りて来て』と呼ばれたんです。
どうしたのだろう?と思って聞いたら、どうやらそのバスの行き先表示が『回送』になってたらしいんです。回送なのに、お客さんを乗せて走っているので、不審に思った誰かが110番したらしいんですよ。
結局、機械の故障だったんですが、表示が直らないので、運転手さんは『すみません、皆さん、ここで次のバスに乗り換えていただけますでしょうか?』と言って、みんな降りることになったんです。
その分はバス代は要らないということで、お金がちょっと浮きましたが、でも、そんなことってあるんですね!!」
「ふーん、そうか。でも、誰かが(もしや事件か!?)と危惧して電話してくれる、そんな人がいるのは、ありがたいことだね。ところでもしかしたら、『中に変な女の人が乗っている』って、言われたんじゃない?」
「いいえ、言われていません! あ、それから、この前、交通事故も見ました。赤になった交差点に自転車の高校生が突っ込んできて、青になって発進していた車がそれに気づいて急ブレーキをかけたんですが、間に合わず、撥ねられてしまいました。
私、『大丈夫?』って駆け寄り、『イテテ、イテテ・・・』て言ってるその男の子を抱えて歩道に上げてあげたんです。周りの人も、自転車を脇へ寄せたりして『大丈夫?』って、声をかけていました。
でも私、その子を助けながら・・・本当は青で発車したのに加害者になってしまったドライバーの方が気の毒だなと思いましたよ。信号を守っているのに・・・」
カメ子は珍しく感慨ぶかそうな顔をしてそう言った。
通勤、それは決まりきった道順を通ってるけど、長い間には、いろんな経験をするものですね。
皆さんの通勤、通学が、守られますように!!
車に引かれる猫も、減りますように!!