網膜黄斑変性
「こんにちわ!ねえ先生、うちのモーセ君が二日前からなんだかフラフラするような歩き方で、診てください。」
マダムTが可愛いヨークシャーテリアを連れてお出でになりました。もう16歳、かなり高齢です。
「あら、この前カットしたばかりですよね。その時の疲れが出たのでしょうかね。」
神経疾患かなと思いつつ血液各種検査をしたところ、肝臓酵素値の増加と、白血球数が三倍くらいに上昇しているのが見つかりました。
「マダム、本当に具合が悪いようですよ、これはお薬が要りますね。」
「えー、そうなんですか。まあ、うちは病人ばかりだわ。だって主人がね、網膜黄斑で今週入院して手術を受けたんですよ。」
「そうだったですね。」
「へへ・・・、それでね、三日間ベッドでうつむいて、顔だけ出せるまくらに伏せて、じっと床しか見れない状態なんです。そうしてないと、網膜にガスがまた溜まるといけないそうなんです。
でね、眼科って、女性の先生が多いでしょ。しかも、美人のドクターが多いのよね。それで言ったの。
「あなた、せっかく先生も、看護士さんも美人ばかりなのに、見れなくて残念ねって。」
看護士さんが『テレビぐらいつけて音でも聞けるようにしましょうか』?って、言ってくださったんですが、見れないテレビもどうかと思って、『いらないわよね?』って聞いたら、『うん』て。
ずっと下を向いているから、『あなた、ふだん悪い事ばかりしているんだから、いい機会だから、そうやって当分反省していなさい!』って言ってやったんです。フフフ・・・
『しっかり頭を下げて、下を向いて、十分反省しなさいよ』って。
何だかごちゃごちゃ言ってたけど、とにかく今は下を向いているしかないから、『じゃあね、反省が足りないと、月曜日まで延びるかもしれないよ。』って言って帰って来ましたよ。ハハハ・・・」
いつも仲の良い御夫妻ですが、相手が抵抗できないとわかると、なかなか厳しい手で攻めて来るようです。
「先生も、そろそろ歳だから、目には気をつけてくださいよ。フフフ・・・」
そう言って、マダムは帰って行かれました。
(むむむ・・・、そうか、網膜の黄斑変性には、気をつけないと、僕も何と言われるかわかったもんじゃないぞ・・・)と思いました。
それと美人の看護士さんが見えるように、もしもその時は、手鏡を持って行こうと。
援護射撃期待できず
「昨日、よその猫が庭に入って来たので、うちのフランちゃんがケンカしたんです。母の話しによれば、取っ組み合って、激しかったとかで・・・。先生、大丈夫でしょうか、診てください。」
大きなキジ猫のフランちゃんをキャリーに入れて、マドモアゼルAがおいでになりました。
「あらあら、ケンカをしたんですか? 猫同士のケンカは、どうしても激しいですからね。しかも、咬み傷なんて、最初はわからなくても後になって化膿してきますから・・・。」
フランちゃんは普段はおとなしい猫です。私たちは、体中を優しく触れながら、キズがあるか探しました。
「先生、あごの下に、血がついていたんですが、そこは大丈夫でしょうか?」
「えーと、顎の下ですか、・・・なるほど、血が滲んでますね。それと、胸にもほら、爪で裂かれたような小さな裂傷がありますよ。抗生物質をうっておきましょう。あとで、膿んできたりしないように。」
「はい、お願いします。私はいなかったんですが、相手の猫はフランと同じキジ猫なんです。それでケンカが始まった時、母はフランを助けてあげたかったけど、どちらがフランでどちらがノラ猫かわからなくなってしまったそうです。」
「へー、それじゃあ、困りましたね。」
「はい、それで母は、竿を持って来て、両方とも叩いたそうです。」
「えっ! 両方とも叩いたんですか?」
「はい、やめさせるため、太い竿で両方とも、打ったそうです。」
「ハハハ・・・それは、それは・・・」
私は、突如頼みの味方に打たれて、びっくりしてる猫の顔を想像してみた。さぞかし不本意だったに違いない。
どうやら咬み傷だけでなく、打撲傷も調べないといけないかな・・・。
沖縄の捨て犬
「えっ、先生たちが、そんなことまでされているんですか!?」
話しを聞いて、びっくりしました。正月休みを利用して、沖縄に行った時です。日曜日、那覇で知り合いの先生を訪ねて行った教会で、聞きました。
「この写真は、ある日『里親を探してください』と、教会の前に捨てられていたシーズーです。目が悪くて、年よりでした。
可哀想に、どうしよう・・・。考えあぐねていました。そしたらね、ちょうどあるご老人が、『犬を飼いたいのですが、私も年なので、子犬から飼ったらその犬を残して死ぬかもしれない。どこかに年をとった犬はいませんかね?』と、相談があったんですよ。その人に、紹介しましたよ。ハハハ・・・
こっちの写真ね、若いビーグルだったよ。『吠えるから飼えない』って、近所のスーパーに繋がれて捨てられててね。でも良い子でした。ちょうど犬が欲しいと言う人が現れた時に、貰ってもらえてよかった。」
「先生、一番下の写真はプードルですね。アプリコットのこんな犬も?」
「はい、プードルです。この犬はね、雨の中、ブルブル震えていて、じっと立ってたんですよ。それで方々に『保護しています!』って、写真入りでポスター作って貼って回ってね。でも、何日も飼い主が見つからなかったんですよ。
どうしたのかな、捨てられたのかな?って、そのまま二週間ぐらい世話をしてたんです。そしたらね、ある日小学生が通りかかった時、『あっ、ボクこの犬、知っている。見たことある!あそこの家だよ!』って叫んでね。
その子に教えてもらって家を訪ねて行くと、『いなくなったけど、まあ、そのうち帰って来るだろうと思って、ほおっていました。』って。
ハハハ・・・、そんなことがあった犬たちの写真ですよ。」
ご年配の牧師夫妻が、そう言って笑いながら話してくださった。
週に一度は辺野古の新飛行場埋め立て反対に、座り込みに行き、また週に一度はホームレスの方々の安否確認に夜の街を回っておられる60を過ぎた先生。その上、こうして捨てられたり、置き去りにされた犬の世話も、笑いながらされている。
(すごいなあ・・・)と、私は思わずにはいられなかった。
獣医の私でも、なかなかすすんでは、可哀想な捨てられ犬の世話をできないのに・・・。
さて、そう思いながら、仕事が始まったばかりの今朝のことです。スタッフが朝、いきなりこう言いました。
「先生、玄関の前に、犬が繋がれてますよ。知りませんでした?えーと、手紙が入っています。
何々?『家庭の事情で、飼えなくなりました。勝手なお願いで申し訳ありませんが、里親を探してください。ぜひお願いします。』ですって。先生、どうします?三歳ですよ。それにまあ、唸ってます。私を睨んでます。咬みつきそうですよ。」
(むむむ・・・、新年早々、こんなことに・・・)
私はさっそく試されているらしい。
匿名での勝手な捨て犬、行為の是非はともかく、今回ばかりは沖縄の牧師夫妻の器量に学べ!と天から言われているようなタイミングでした。