サバを、また買うの?
「文鳥の爪を切ってもらえますか?」
美しいマダムと小学生と中学生の御嬢さんが、おいでになりました。
「どうぞ、お入りください。えーと、これは並文鳥ですか?」
「いえ、シルバー文鳥と、聞いています。」
薄い灰色と黒のコントラストがくっきり鮮やかな、可愛い文鳥です。
「かじらないでね、イテテ、勘弁してくれよ。」
爪を切っていると、マダムが言われました。
「この子はですね、一度、窓から外へ飛び出したんですよ。しまった!と思った時には、ぱたぱたと羽ばたいて、空に舞い上がり、電線の向こうの、ビルもある遠くの方まで飛んで行ったんです。
私はびっくりして『ぎんちゃーん!ぎんちゃーん!』って、必死で大声で呼んだんです。
そしたら先生、この子はまたぱたぱたと私の所へ戻って来たんです。もう、私、嬉しくて泣いちゃいました。」
「へーえ、すごいですねえ。手乗りでも、ふつうは外へ飛び出すと興奮してそのまま行方不明になることが多いのですけど、声を聞いて大空から戻って来たのは、奇跡的ですね。」
「そうなんですよ、本当にそう思います。」
頭の良い文鳥なんでしょう。冷静に、飼い主を思い出して、声の方へ飛べたのですから。
数日して、マル子がこんな話をしました。
「この前ですね、うちで焼きサバを食べたんですけど、そしたら父と妹が蕁麻疹が出来たんです。腕や首に赤い盛り上がりが出来て、翌日まで残りました。けれど、母と私はどうもなかったんです。平気なんです。やっぱり私と母は、体質が近いのかな?と、思ったんです。
それから数日して、母と買い物に行ったんですが、そしたら母がまたサバを買おうとしたんです。私はびっくりして、『この前蕁麻疹が出たばかりやんね。やめとき。』って言ったんです。
そしたら母は『あら、そうやったかねえ?』ってすまして言うんですよ。まったくあきれました。ふふふ・・・」
「おお、そうか。マル子の所は、なかなかサバイバルが厳しいと聞いていたけど、あいかわらず鍛えられるなあ。何でも食べられるようにならないと、生き残れないなあ、ははは・・・」
こうして福岡の街の片隅で、かたや文鳥失踪の危機に息も止まるかと思うほど心配した家庭があったかとおもえば、その一方で家族の蕁麻疹をものともしない屈強の家庭も暮らしを営んでいるのでした。