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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

カリン

病院猫の畏咲です。

院長の家には、ラブラドールが二頭いました。いえ、ちょっと前までは十数頭ほどもいたそうですが、段々に減って二頭になったんですって。

なにしろ、おいらの生まれる前の話しですから詳しいことは知らないんですが・・・。

二頭は同腹の兄弟でどちらもブラック、雄はベッシー、雌はカリンという名前なんですが、ベッシーが心臓が悪くて冬は危ないかなと案じられていたんですが、三月になってカリンのお腹が異常に膨れてきたんです。

「この子が食べないなんて、おかしいなあ。よっぽど具合が悪いんだ。」

みんなで診察台に上げて、エコーをとります。

「脾臓があるあたりに、大きなものが出来てる!」

院長ったら自分の犬だから、ためらいもせずその夜すぐにお腹を切りました。

診療時間も終わり患者さんが帰り、通りも静かになった夜中の十時ごろ、暗くなった病院の中で、手術室だけに灯りが燈っていました。

「むむむ、こ、これは・・・・」

無影灯が照らすところ、おへその下辺りから下腹部までふさぐようにして、野球のボールのように大きくなった脾臓が見えました。

「これは大きいぞ!・・・うまくとれるかなあ?」

だいたい脾臓に大きく腫れ物ができたら、血管肉腫か何かが疑われるんですって。

院長はカリンのお腹を丹念に調べましたが、転移の様子はなかったので、膨れた脾臓を摘出したんです。

そしたら随分楽になったんでしょう。二日したら見違えるほどケロリと元気になり、尻尾をパタパタ振って食欲も以前どおりになりました。

「病理検査でやっぱり血管肉腫だって。二か月くらいしか持たないかもしれない・・。」

抗癌剤は使用せず、そのまま桜の花が咲き、ゴールデンウイークも過ぎ、心の隅では完治も期待したのですが、五月も中旬になると、少しまたお腹が膨らんできました。

「もう、切らないからね。頑張って食べなさいね。」

と言いつつも、院長はたいしてご馳走は用意しなかったんです。

院内では以前から、ベッシーとカリンと院長のうち、だれが最初に倒れるかと言うヒソヒソ話もあったようですが、今回はカリンでした。

日曜日の朝、元気に食べるカリンたちに食事を与え、院長たちはいつものように近所の教会に行き、昼過ぎ、奥さんが帰ると、中庭で二頭仲良く伏せて待っていました。

「ごめんね、待たせたね!」

奥さんを見て、カリンは尻尾を振って立ち上がろうとしたのですが、力が抜けたようになってそのままくずれるように倒れてしまいます。

「あれ、カリン、カリンたら、どうしたの! いや、ちょっと待って! カリンたら、だめよこんな所で。」

奥さんはカリンを抱きかかえ、あわてて家の中にいれようとしましたが、ぐったりとなったラブラドールはとても重たいんです。

「待って、待ってったら、・・・」

奥さんは泣きながらカリンの両脇にバスタオルを差込み、必死で縁側の窓からカリンを引き上げ、リビングに寝かせました。

けれどもそれと同時に、カリンは息を引き取ったようです。

「ああ、カリン、もう逝っちゃうの、私が帰ってくるのを待ってくれてたの?カリン、ごめんね、もう少し早く帰ってきてあげたら良かったね、カリン、待ってくれてたんだね・・・」

奥さんはカリンの体をさすりながら、「ありがとう、ありがとう」って言いました。

院長の方は、遊び歩いて夕方遅くに帰ってきたようですが、予想されていたとは言え、朝まで普通に食べていたために、さすがに不意を衝かれた様な顔をしていましたよ。

盲導犬の種犬候補として育てられ、事実生まれてから一度も咬み付いた事も、うなったこともなく、いつも尾を振って答える優しい穏やかな犬でした。

明日がカリンたちの14歳の誕生日を迎えるはずだった、その前日のことでした。
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