「これが病気をしたのは、初めてですな。これまで病気したことなかったもん。」

マルチーズのコロちゃんを連れてムッシュSがおいでになった時です。
検査と点滴が終わり、待合室のカウンターで会計をされながら、ムッシュがそう言われました。

「そうですね・・・えーと、5年前ですが、一度下痢で検査をしたことはありますけど・・・。」

私がカルテをめくりながらそう言うと、

「五年前?・・・それは家内が居った頃でしょう。私じゃないですね。」

たしかにその通りです。以前はマダムがよくコロちゃんを連れておいでになりました。

「もともと私が腰椎の手術をして歩けなかった時、家内が福岡ドームであったペットフェスティバルでこれを買ってきたんですよ。

私が犬と一緒に散歩して、リハビリ出来るようにってね。あの頃はよくこれを連れて、室見川の河畔で歩く練習をしました。」

「・・・・・・」

「ハハハ、今は、大きな家に一人で住んでますよ。」

「ムッシュ、さみしいですよね・・・」

「ハハハ、さみしいですな、でもこれがいるからいいですけどね。」

奥様が病気で先立たれ、もう四年くらいでしょうか・・・。思いもよらず、コロちゃんと二人暮らしになってしまったムッシュです。

「コロちゃんに早く元気になってもらわないと。」

「はい、じゃ、また土曜日に、ハハハハ・・・」

ムッシュは笑いながら、小さな歩幅でゆっくりゆっくり歩き、不自由な右足をかばいながら帰って行かれます。

コロちゃんは、ムッシュの先を歩きながらも常に振り返って御主人の顔を見上げては、嬉しそうに尾を振っています。