駆け落ち
聖ノア動物病院の名前の由来について
都市高速を戻れ!
それは秋も深まっていく十月も末の朝でした。マドモアゼルTが愛車のハンドルを握り、出勤途中の事です。天神北から呉服町へ抜ける都市高速の、中央分離帯に軍手のような白いものが引っかかっているのを一瞬見ました。(あれ、今のは・軍手?それとも・・・)
何しろ朝の通勤時間、後ろから押されるように飛ばしている都市高速の上です。我が網膜の残像に不審を抱きましたが、確信が持てません。もしかしたら、もしかするかも、でも、こんな所に・・・ありえないわ。
マドモアゼルは、気になったので呉服町ランプで降りました。そして天神北ランプまで回ってそこから再び都市高速に乗ります。今度は少しスピードを落として通過しました。
「やっぱり猫だわ、小さな猫!」でもラッシュの都市高速の真ん中で車を止めるわけには行きません。彼女は都市高速を降りるとすぐに都市高パトロールへ電話をし、保護を依頼しました。感謝なことに担当の方がすぐに行ってくれたようで、15分ほどで報告が入りました。「確かに子猫が居りました。今は機動隊本部の方で保護しております。」
マドモアゼルは仕事が終わったら迎えに行くので、それまで預ってくれるように頼みました。
そして仕事が終わり6時、機動隊へ行き子猫を引き取ると、当院に連れて来られたのが夜の8時頃でした。白い体にキジのブチが入ったオスの子猫。生後2か月くらいで、人なつっこい様子です。ドライフードを見せるとすぐにがつがつ食べ始めました。望診の範囲では、怪我や明らかな体調不良はなさそうです。ノミ駆除を施しました。
「うちにはすでに二匹保護猫がいるので、家には入れられません。健康状態を確認して里親探しをします。うちはベランダが広いので、そこに暖かい小屋を作ってあげてケージに入れます。」
マドモアゼルはにっこりそう言われると、小さな可愛いスポーツカーに子猫を乗せて、帰って行かれました。
それにしても、都市高速を降りてまた乗り直して確認し、そこまでして通りすがりの子猫を助ける優しい方がおられるのですね。本当に、心から脱帽です!
移転のお知らせ!
長い間、当院をご利用くださり誠にありがとうございます。
29年間、微力ながら動物医療に携わらせて頂きましたが、私もそろそろ若くはなくなり、長時間の夜間診療勤務が厳しくなりました。
そのため本年8月25日をもって干隈での診療業務に区切りをつけ、移転することに致しました。
およそ三十年前のペットブーム到来の頃でした。ほとんど無一文の者に、好意的な地主さんが安く借地させてくださり、まだ雑草と石ころだらけだったそこへ、亡き父が三坪のプレハブだけ建ててくれました。そこからスタートいたしました。少しずつ薬品を揃え、設備を整えながら拡大し土地を取得、必要に迫られ建物を増築してまいりました。さらにそれらに加え、この地で多くの良き飼主の皆様と出会わせていただき、また素晴らしいスタッフにも恵まれ、今日に至る事が出来ました。
まことにつたない診療だったと思いますが、長きにわたってご利用頂いた動物たちと飼い主の皆様に、心から感謝申し上げます。今後は野芥三丁目に移転し、小さな新病院で再出発いたします。ご不便になる方も多いと思いますが、引き続き新病院もご利用いただければ幸いです。トリミングも行う予定です。
新病院は九月以降に開院予定、電話番号は変わりません。
所在地は早良区野芥3丁目27-27、野芥のミスターマックスさん向かいのレストランウエストさんや資さんうどんさんなどの裏、竹内産婦人科医院さんの向かいになります。
なお、干隈の現施設は今後「福岡聖書教会」へ譲渡し、秋から教会として使われる予定です。開設して6年の小さな教会ですが、ぜひ一度日曜日にのぞいてみてください。
私もお待ちしています。
今後も皆様のご家庭の平安と、ペットたちの健康と幸せを願っております。
ありがとうございました。
「なくなる食物のためでなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。」
ヨハネの福音書6:27
2016年7月22日
聖ノア動物病院
院長 渕上英一郎
サバを、また買うの?
「文鳥の爪を切ってもらえますか?」
美しいマダムと小学生と中学生の御嬢さんが、おいでになりました。
「どうぞ、お入りください。えーと、これは並文鳥ですか?」
「いえ、シルバー文鳥と、聞いています。」
薄い灰色と黒のコントラストがくっきり鮮やかな、可愛い文鳥です。
「かじらないでね、イテテ、勘弁してくれよ。」
爪を切っていると、マダムが言われました。
「この子はですね、一度、窓から外へ飛び出したんですよ。しまった!と思った時には、ぱたぱたと羽ばたいて、空に舞い上がり、電線の向こうの、ビルもある遠くの方まで飛んで行ったんです。
私はびっくりして『ぎんちゃーん!ぎんちゃーん!』って、必死で大声で呼んだんです。
そしたら先生、この子はまたぱたぱたと私の所へ戻って来たんです。もう、私、嬉しくて泣いちゃいました。」
「へーえ、すごいですねえ。手乗りでも、ふつうは外へ飛び出すと興奮してそのまま行方不明になることが多いのですけど、声を聞いて大空から戻って来たのは、奇跡的ですね。」
「そうなんですよ、本当にそう思います。」
頭の良い文鳥なんでしょう。冷静に、飼い主を思い出して、声の方へ飛べたのですから。
数日して、マル子がこんな話をしました。
「この前ですね、うちで焼きサバを食べたんですけど、そしたら父と妹が蕁麻疹が出来たんです。腕や首に赤い盛り上がりが出来て、翌日まで残りました。けれど、母と私はどうもなかったんです。平気なんです。やっぱり私と母は、体質が近いのかな?と、思ったんです。
それから数日して、母と買い物に行ったんですが、そしたら母がまたサバを買おうとしたんです。私はびっくりして、『この前蕁麻疹が出たばかりやんね。やめとき。』って言ったんです。
そしたら母は『あら、そうやったかねえ?』ってすまして言うんですよ。まったくあきれました。ふふふ・・・」
「おお、そうか。マル子の所は、なかなかサバイバルが厳しいと聞いていたけど、あいかわらず鍛えられるなあ。何でも食べられるようにならないと、生き残れないなあ、ははは・・・」
こうして福岡の街の片隅で、かたや文鳥失踪の危機に息も止まるかと思うほど心配した家庭があったかとおもえば、その一方で家族の蕁麻疹をものともしない屈強の家庭も暮らしを営んでいるのでした。
気の進まない骨折の手術
しばらく前の事、前足を痛がるとプードルの子犬がやってきました。レントゲンを撮ると、骨折です。前腕の横骨折、トイ犬種は骨が細いので、椅子からちょんと飛び降りただけで、ポッキリ折れるのです。
痛いでしょうに、それでもやんちゃざかりの子犬ですから、少しもじっとしていません。
「トイ種の骨折治療は、順調にいかないことも多いので、専門医で相談された方がいいですよ。」
そうお話しして、副木固定だけして、お返しいたしました。
ところがそれから一週間もたたないうちに、また別のプードルで、同じ場所の骨折の子が来院しました。
レントゲン像もそっくり。
私はその方にも、トイ犬種は、骨折手術の経過が順調とは限らないので、専門医をお勧めしました。
けれどその方は、昔から当院に時々かかられている方で、よその病院はあまり知らず、ここで良いと言われる。
「いえ、本当に骨折は、その後が必ずしも順調にいくとは限らないので、どうぞ専門医でなさってください。」と、再度お勧めしました。
ご年配のご主人は、困ったような顔で、うんとは言ってくださらない。
「いや、うまく固定が出来ないと、治らないかもしれないし、うまくいっても安静に出来ないと金属が折れたり、骨が弱くなって骨融解を起こしたり、本当にトラブルも多いのです。最悪の場合、もし断脚でもなったら大変ですよ。・・・え、それでもいい?その時は諦めるから・・・、ううむ、困ったなあ・・・」
気が進まなかったのですが、やむを得ず引き受けて、そしてなんとか無事予定通り手術は終了しました。一週間ほど入院して、自宅治療に切り替えていますが、家の中で自由にしていて、どこまで安静に出来ているか、ちょっと不安です。
手術後やっと三週間ほど経過して、抜糸もできました。今の所、御夫妻で通院して戴きながら、喜んで下さっています。
獣医としては、どうぞ順調でありますようにと、恐る恐る祈るばかりです。
泥棒だ!捕まえてくれ!
あちこちで自動車をひっくり返し、宮崎では電車まで横転させたらしい台風15号が、ようやく北九州の沖合へ離れ始めたある日の夕方です。
いつもより遅い時間に薬を届けてくれた青年、ムッシュのお顔を見ると頬に二つ、すり傷がありました。
「おや、お怪我されてますね。台風で、何か被害に遭われましたか?」
「はい、これでしょ、いえ、これは実は、昨日私、泥棒を取り押さえた時にこさえたんです。泥棒と言っても、自転車泥棒なんですけどね。
昨日私が仕事を終えて、二階に上がりまさにアパートのドアのカギを開けて中に入ろうとした時、下の自転車置き場の方で「泥棒!」と、争うような声がしたんです。
私は関わりにならずに、もうそのままドアの中に入ろうとする気持ちも半分あったんですが、でもやっぱりそうは出来ない・・・と言う気持ちが、次の瞬間私を自転車置き場の方に、走らせたんです。
降りていくと、自転車を盗ろうとしていた人と、それをさせまいとする男の人が争っていたのです。自転車泥棒はその直後に逃げ出したんですが、私は追いかけたんです。
そして「泥棒だ!」と追いかけて行ったら、交差点の所で、トラックから降りて来た人も一緒に取り押さえてくれたんです。
私はその時、相手の爪で顔を引っ掻かれたんです。警察署で事情聴取に応じたんですが、長いですよね。私がアパートに帰れた時は、もう二時になっていました。」
「へえ、それはすごいお手柄ですね。なかなかとっさに、そんなことは出来ないですよ。見かけによらず勇敢ですね!」
「はい、みんなにも言われました。ハハハ・・・、私も実は、あの時、とっさに迷ったんですが、もし聞こえないふりをしたら、きっと一生それが、思い出のトゲになって残るんじゃないかと思って、行ったんです。でも、もうしたくないな、もう今度は、勘弁してもらいたい・・・ハハハ・・・」
一歩間違えば,大怪我でも済まないかもしれない捕り物帳でしたが、ムッシュ青年は立派に自分の心の声に従ったようです。本人は話したがらなかったのですが、色々質問攻めをして全容を知り、失礼な言い方ですが、改めて彼を見直しました。
そして気持ちばかり、注文の品を増やしたのでした。
カラスに似ているかしら?
今年はノラ猫たちの繁殖時期がだいぶずれたようで、7月になって次々に保護された子猫が、連れて来られる。道路でうずくまっていた、自宅の庭で鳴いていた、学校の近くにいたなど色々です。
そして置き去りになった子猫の大部分は、可愛そうなことにカラスに取り囲まれ、食べられてしまう。
子猫が弱るのを待ちながら、カラスは寄ってたかってつついたり、時にはフワリと持ち上げて落としたりする。
(カラスは残酷だなあ・・・)と思うが、それが自然の姿そのものかもしれない。
ところで、この七月で近くの西新と言う町のある商業ビルが、閉店するようになった。昔はデパートであったが、不振のために撤退し、そのあとにテナントビルとして再生されていた。しかし、だいぶ頑張ったが、やはり駄目だったのか、うわさでは次はマンションになってしまうらしい。
最後の売り尽くしセールがされているということで、先日の日曜日に妻と行ってみた。たしかに在庫商品を整理し、店をたたむところもあるらしく、各店で働いている店員さんたち自身が、あちこちの階に格安商品を手に入れに交代で出かけていた。
私も妻も目をランランさせて、格別安いものを捜して回った。こんな時には、本当に安いものがある!と、期待して。
翌日、その話をしたら、マル子が「フフ、私も昨日、行きました!」という。(へえ・・・)と思いつつ、カメ子にその話をしたら、なんとカメ子も昨日行ったと言う。
なんだ、同じ頃に四人とも同じビルでお買い得品を捜していたのか!と驚いたが、その時ふと思った。
僕たちは何だか、弱った子猫に集まるカラスに、似ているかもと。
マル子襲われる!
「ウッ! あ、あれは!・・・・・」
それを見た瞬間です。マル子の背筋に戦慄が走りました。
朝でした。根性悪の犬マカロニを連れて、マル子が散歩に出かけた時です。家からまだ数軒ほどしか歩いてないところで、道の向こうに茶色いものが、見えたのです。
「ウッ、あ、あれは・・・ニュースで騒いでる、例の猿じゃないかしら・・・」
そうです。最近福岡市で出没し、小学生や高齢者にけがをさせていると、テレビで言ってました。
「う、同じ猿かしら・・・、きっと、そう、きっと同じ猿なんだわ・・・」
目をぱちくりさせてマル子が猿を見ていた時です。その猿が、するすると道路を渡って、マル子の方へ来るではありませんか!
(ええっ、やばい、どうしよう、左手にはマカロニのリード、右手にはウンチ袋、戦う方法がないわ。・・・そうだ、目を見ちゃいけないって言ってた。じっと見たらいけないんだわ。目をそらしておこう・・・。)
しかし、マル子の狼狽をよそに、大きな猿はどんどん近づいて来て、とうとうマカロニと30cmの距離まで詰めてきました。普段Ⅿ誰にでも咬みつくマカロニは、獰猛なことで知られています。気が短くて喧嘩っ早いのです。
(マカロニ、助けて・・・)
しかし、マカロニを見ると、何とかれも目をそらしているではありませんか! え? マカロニ、私を守ってくれないの?・・・あ、そうだ、これはマカロニの作戦だわ。だって、人に咬みつくときだって、いつも目をそらして知らん顔していて、いきなり咬みつくんだもの。きっと、猿をその罠にかけているんだわ。)
猿はしげしげと見つめ、しかしマカロニとマル子は目をそらしたままで、両者の息詰まる駆け引きが続きます。
(ううう、もうだめかもしれないわ・・・)
どうもマカロニはいつもの卑怯な不意打ちを、使いそうにありませんいつまでたっても、目をそらしています。そうでした。いつもマカロニは、強そうな相手には、知らん顔で通すのでした。
そばを登校中の小学生が二人、通って行きます。おしゃべりに夢中のようで、猿にも、引きつった顔のマル子にも気がつかないまま、行ってしまいました。
と、一瞬猿があたりを見回したと思ったら、ゆっくり離れて行くではありませんか。堂々としてしかも敏捷によその家の庭に消えて行きました。
(ふー、助かったわ。それにしても、こんなところまで、本当に猿が出て来るなんて・・・)
ちょうどそこへ、おまわりさんがきょろきょろしながら走ってきます。
「あ、おまわりさん、(今頃来て)、あっちです。あっちに行きました。」
もちろん、もう追跡は空しい無駄な努力でした。猿は影も形も見えなくなっています。
マカロニ、おまえさんは最大のチャンスを逃したな。もし、今日、あの時猿に咬みついて、格闘していたら、たとえ負けても、きっと記念碑を建ててもらえたのに。
「ここに、勇敢なマカロニ眠る。彼は飼い主の少女を守ろうとして、命がけで猿と戦い、一歩も引かないまま撃退し、そして息絶えたのである。」
そんな碑文とともに、忠犬マカロニの銅像が建てられたかもしれないんだけどなあ・・・・。おい。」
しかし、マカロニは私の言うことには目もくれない。
そもそも、そんな名誉は人間ばかりが喜ぶことで、犬は銅像立ててもらって喜ぶほど、馬鹿ではないのだ。