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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

まだかなあ?と、待ちながら

「この猫はホテルで預かったの?」

「はい、飼主さんの身内の方が亡くなられたとかで、急に出かけないといけなくなったからと、連れて来られました。」

「ふーん」

小さな可愛い三毛猫です。籠の中にうずくまって伏せています。

「チーちゃん、チーちゃん」

しかし近寄って名前を呼ぶと、耳を後ろに倒して「フーッ!」と怒ります。

「おやおや、ご機嫌斜めだね。チーちゃん、大丈夫だよ。」

しかし次の日も、その次の日も、そばにしゃがみこんで名前を呼ぶと、やっぱり怒りました。

「そばに来るな! 引っ掻くぞ!」

そう言っています。
でもフードだけは、夜中に少しづつ食べてくれていました。

「チーちゃん、なかなか気を許してくれないなあ。あんまり緊張してると、くたびれるよ。」

話しかけても、知らん顔です。
相変わらず籠にうずくまって伏せています。時々籠から出てきても、じっとこちらを睨みつけます。

そして三日目になりました。

「チーちゃん、だいぶ慣れたかい?」

ちょうどその日も私がチーちゃんに話しかけているときです。やっぱりチーちゃんは耳を倒し、わたしを睨んでいました。

「遅くなりました。チーを迎えに来ました。」

一台の車が駐車場に入ると、マダムUが喪服を着たままお出でになりました。

「お世話になりました。チーちゃん、お迎えに来たよ、元気!?チーちゃん!」

マダムの声が待合室に響くと、一瞬耳をそばだてたチーちゃんが、急に「ミャーン、ミャーン」と、子供のような優しい声で鳴いて立ち上がります。私はびっくりしました。

チーちゃんがそんな声を出すのは、初めてです。

「あら、チーちゃん、わかったのかな?マダムの声だと、一発で気がついたんだね。」

そうです。チーちゃんは途端にそわそわし始め、それまでうずくまっていた籠から出てきて、ケージの中をあっちにウロウロ、こっちにウロウロしては、優しくミャーンミャーンと鳴き、ドアに体をスリスリ摺り寄せるのです。

もうわたしへの警戒感など吹き飛んでいます。

「わあ、こんなに可愛い態度を示せるんだね、君は!」

マダムの声が聞こえた途端に、猫もこんなに変われるものかとびっくりです。

「まあ、チーちゃん、待たせたわね。さあ、帰ろうね。」

マダムが部屋に入ってくると、もうたまりません。右に左にくねくね体を躍らせて、興奮を現わします。マダムが抱き寄せると、ゴロゴロと喉を鳴らして嬉しそうです。

猫の心にも、こんなにはしゃぐ喜びがあるのでした。飼主さんとの再会、安心と開放感で、体が踊り出すチーちゃんの変化に改めて驚きました。

やっぱり飼主さんとの深い信頼にはかないません。
チーちゃんは、今か、今かと、お迎えを待ち続けていたんですね。
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