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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

のんびりベランダに寝そべっていた頃

「ほほほ・・・主人が呆けて、もう十年になります。」

暫らく前のことでした。
高齢の犬、ハナちゃんの治療に通っておられたマダムが、ある日こんな話をしてくださいました。

「夜中にね、主人が高速道路をふらふら歩いていたと、警察から知らせがあったんですよ。」

どうやって高速道に入り込んだのでしょうか?マダムはさぞびっくりして迎えに行ったことでしょう。いや、もしかしたら、警官がパトカーで自宅まで送って来てくれたのかもしれませんが。

「介護は大変ですよねえ、かといって、施設入所も決心がつかないし・・・。」

「いいえ、それが本人は、老人ホームに入りたい、入りたいって言ってたんですよ。それでね、入れたんですが、月に30万円も払っていました。フフフ・・・」

「えー、30万円ですか!」

わたしはあまりに高いのにびっくりした。

「はい、その後、油山の近くの病院に入院したんで、月に数万円になりましたけどね。
だけどね、やれやれ、やっと落ち着くかと思ったら、今度は娘が卵巣癌になってねえ・・・。」

たしかに、人生というのは、ほっとできる時間は僅かな間かもしれません。
いつも人は何かを心配したり、何かと闘ったり、あるいは何かをめざして、果たして報われるかわからない汗を流しているばかりでしょうか。

「お嬢さんが病気では、また心配でなりませんね。」

「・・・・・・・・」

マダムはそれには答えず、動けないハナちゃんに話しかけます。

「ハナちゃん、散歩に出たい?出たいよねえ。
 そろそろ子供達が、ぞろぞろと学校から帰りよるかもしれんよ。

 ハナちゃん、あんた毎日ベランダに寝そべって、帰る子供達を見よったもんねえ。そしたらみんな、ハナちゃんに挨拶しよったやろ!?

 ハナちゃんは、子供が好きやったもんねえ。

 ハナちゃん、お母さんよ、わかる?ハナちゃん!・・・」


ハナちゃんは、今は黙ってマダムに抱かれているばかりです。
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