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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

沖縄の海で

「沖縄の場所は決まりましたか?」

「いえ、まだ捜してもらってるんですよ。」

マダムYがにっこりとして言われた。

マダムは長い間、医療関係の職場で働いておられた。ずっと独身で通され、趣味はスキンダイビングなどでした。

けれど昨年になって、そろそろ仕事に区切りを付けようと決心され、沖縄の海辺で小さなホテルを開いて暮らそうと決められたのです。そのために向こうの専門家に、最適な場所などを当たってもらっているとのことです。

「沖縄に行ったら、むこうの海でこの猫の散骨をしようかしら。」

「おやおや、まだタマちゃんは生きてるのに、そんなこと言って・・・」

私たちは笑いながら、そう答えた。
タマちゃんは高齢で、慢性腎不全の治療を続けているが、まだまだ元気です。

「へへ・・・それで、いつか私も散骨してもらおうかな?」

「マダムが?それは話しが早いでしょ!」

私たちが笑い飛ばす。

「私ね、末っ子で他の兄弟達とはだいぶ年が離れてるんです。 母は早くに、私が十一歳のとき死んじゃいました。

父ですか?いいえ、父はずっと元気でしたが、最期はもう2年前になりますが、私が看取ったんです。

病室のベッドでね、父の息が、段々小さくなっていく時、わかるんですよ。私、現場でいつも見慣れてたからですね、

『・・・ああ、もう・・逝くなぁ・・・』

って、眠っている父の顔を見つめてそう思いつつ、じっと傍で座っていました。」

詳しいことは伺いませんでしたが、他の兄弟がおられず、マダム一人でお父さんを見送られたようでした。

言葉の端々からは、心細くて身内を頼りにしているのでなく、一人で生きていこうとする潔い明るさが、伝わってきました。

お父さんの想い出でを話すマダムの目は、涙で潤んでおられましたが、それをぐいと手でぬぐうと、タマちゃんの籠を下げて笑いながら帰って行かれました。
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口蹄疫

「うわっ! 口、口蹄疫が発生してる!!」

二日前、新聞を開いた時、その一面に載っている文字にびっくりしました。
口蹄疫、古い、懐かしい病名です。
この度は宮崎県の都農の畜産農家で発生とのことでした。

口蹄疫は、獣医なら誰でも知っている非常に恐ろしい伝染病です。どうして恐ろしいのかというと、伝播力がとても強力で、一旦発生すると封じ込めるのが大変困難だからです。

致死率は低くても、家畜の生産性ががた落ちし、畜産農家には大打撃を与えます。

病気の特徴は偶蹄類の口や蹄(ひづめ)、乳房あたりに水泡・ビランを生じたり、発熱、歩行障害を起こしたりします。
日本では、もう何十年も発生していなかったのではないか?と、思うのですが・・・。

「おい、大丈夫か!? 忙しいだろ?」

私は次の日、宮崎で大動物診療に従事しているクラスメートに電話を入れてみました。

「うん? おお、久し振りやね。いや、僕は今は都城だから、管轄が違うけど、宮崎の家保(家畜保健所)の方は、たいへんやろう。N君があっちにおるけどね、

え? いやいや、発生した農家の牛だけ殺処分しているけど、まだ近隣も全て処分とはならないよ。

外国では半径何kmの牛を全て殺す国もあるけど、日本は移動禁止はとっても殺処分は農場ごとに、しらみつぶしにやっていくから・・・。」

「ふーん、そうか。僕はてっきり宮崎中の牛が、処分されるんじゃないかと、予想したけど。」

「うーん、まだそこまではいってないみたい。なんだ、それで心配して電話をくれたんか?」

「まあ、忙しくして目が回ってないかと思ってね・・様子伺いよ。」

「ありがとう、でもそういうわけで、僕の担当の地区はまだそれほどは・・・。」

「そうか、いずれにしろ真面目に働けよ。学生時代みたいに、仕事に出かける振りして、パチンコに寄るんじゃないぞ!!」

「アホ、そんな暇はないよ、こっちからも応援を送ってるしね。通勤に一時間以上かかっているし。」

「ハハハ・・・、そうか、じゃあ、体に気をつけろよ。」

学生時代はソフトボールがうまくて、あとは寝ている事が多い奴だったように記憶しているが、まあ、宮崎の畜産の運命が彼らの手に託されているのだから、背後で応援してやりたい。

できるだけ被害が広がらないようにと、神様に祈る。
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鉄人マル子

「ヘヘヘ・・・私ですね、病院には生まれてからまだ一回しかかかったことないんですよ。」

ある日マル子がそんな話を教えてくれる。

「えっ! たった一回しかかかったことがない!?本当かい?」

私はそれを聞いてびっくりした。
大抵の人は子供時代に熱が出たり風邪をひいたりして、年に何回かは病院に行くのではないだろか?

仮に毎年は病院に行かないとしても、数年に一回はかかるのではないだろうか。
それなのに失礼ながら彼女はすでに○十○歳にもなるのに、生涯たった一回とは畏れ入った。

「じゃあ、その一回は、いつかかったの?」

「ヘヘヘ・・・、先生は知っているはずですよ。何年か前ですけど、私が咳がひどかった時です。」

「・・・・?、むむむ、そうか! あの時か!」

はたと私は思い出した。そう言えば、三、四年くらい前だろうか、マル子が真っ赤な顔をして喘息のような咳の発作が続いていた事があった。

一度は激しく咳き込みながら彼女の体がぐらりと傾いて、あわや血を吐いて倒れるかと危ぶんだほどだった。
息が吸えなくて思わず流しに手をついた彼女に向かって私は言った。

「ちょっと咳がひどすぎるよ。もう三週間ぐらいになるだろ?病院で診てもらわないとだめだよ。」

みんなに忠告されて、万が一仲間に迷惑をかけてもいけないと考えたのだろう、それであの時病院に行ったようである。

生涯あの時、たった一度らしい。

「もしかして、君の家族はみんなそうなの?」

「いいえ、妹はしょっちゅう病院に行ってます。父母も普通に行ってますよ。」

「ふむふむ、家族は普通なのか・・・」

(ふーん、マル子は痩せてひ弱そうだが、案外へんなところで強情っぱりなんだな。
それにしても厚生労働省医療保険課から表彰状が来てもいいくらいだ。)

大変驚いた、ひと時でした。
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僕に犬をあげるね

(あら、あの子ったら、犬を連れたおばちゃんと話してるわ)

若いマダムは、スーパーで買い物しながらドアの方を見ました。出入り口前で小学校の低学年の男の子が、見知らぬ婦人と話しながら小さな犬の頭をなでています。

マダムは手早く買い物を済ませ、スーパーを出てきました。

「お待たせね、○○君。あら、そのワンちゃん、どうしたの?」

「うん、おばちゃんがね、あげるって。」

「えっ! あげるですって? そんな、そんなこと本当に言ったの?」

「うん、あげるって。」

「うそ、こんな子に、勝手に持たせて、あげるですって!

 それで犬を置いていったわけ、信じられない、本当なの?」

マダムはびっくりしました。

もう呆れて、開いた口がふさがりません。呆然としたまま、しばしそこに立ち尽くします。

しかし、いつまで待っても、あのご婦人は戻って来そうにありません。

(どうしよう・・・・)

何も知らない犬は、尻尾をふりふり男の子とじゃれています。

マダムは途方にくれました。よっぽどここに置いて帰ろうかとも思いましたが、それではこの犬が可哀想です。

「家には、猫もいるから飼えないけど、とにかく連れて帰ろうか。もう、暗くなるし・・・。」

・・・・・・・

「・・・・というわけで、昨日から犬の世話をしているんですけど、ダニがいたから薬を下さい」

ある日、そう言いながら、若いお母さんが病院においでになりました。

話を聞いて、スタッフもびっくりです。それにしても私が感心したのは、たいして不満も言わずに、精一杯犬の世話をしながら、行き先を考えてあげている、マダムの優しさでした。

世の中には、無責任な人は残念ながら屡いますから、それに憤懣をぶつけていても、解決にもいい気持ちにもなれません。

でも、それより、そんな賢くて優しい対処の尽くせる人の姿に深く感心させられると、心が温かく嬉しくなります。

「人が自由に生きる」とは、

本当はこのようなことの出来る力を、さすのではないでしょうか!?
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一匹なら、もらおうか!?

「うー、寒いわねえ・・・」

雪がちらつきそうなある冬の夕暮れでした。
厚着をして、マダムはいつものようにパタパタと買い物に出かけます。

歩くと十数分でしょうか。肩を丸めて早足で向かいます。

着けばショッピングセンターの中は暖かく、ホッとして体中の緊張が解けます。

眩しいほどの蛍光灯ライトが注ぐ店内、必要なものを商品棚に探しては籠にいくつか入れ、ついでに予定ではないけどつい手が出てしまった余計な買い物も、ちょっとしてしました。

最後に行きつけの八百屋に寄り、おじさんのつまらない冗談を聞きながらジャガイモ一盛りと洗われて奇麗な朱色の人参、それからちょっと考えて小ぶりのミカンも一籠もらいました。

「さあ、急いで帰りましょ。」

と、思った時、小さな小学生が五人、横に並んで道に立っているのが目に入りました。

(あら、何してるのかしら?)

見ると真ん中の一人が、ダンボール箱を抱えています。みんな木枯らしに吹かれてほっぺたが真っ赤です。

「あんたたち、何してるの!? 何を持ってるの?」

マダムは興味を引かれて近づくと、男の子達に聞きました。

「子猫です。里親になってくれる人を捜しています。」
「お願いします、おばちゃん。」

五人の視線が、マダムに注がれます。

マダムは、ダンボールの中を覗きました。
目が開いて間もない子猫が、三匹震えています。

「お願いします。おばちゃん。」

口々にそう言う男の子達の顔を一人一人眺めながら、マダムはもう一度箱の中を覗きます。

マダムと一緒に、男の子達も箱の中の子猫を覗き込みます。

「・・・一匹なら、もらおうか!?」

そう言った時、マダムの顔はすごく優しくなりました。
自分でもそんなこと言うなんて、思ってもみなかったのですが、つい、そう答えてしまったのです。

「ありがとうございます。」
「ありがとう、おばちゃん!」

子供たちも目を輝かせて、鼻水の垂れそうな顔でマダムを囲みます。

・・・・・・・

「と、まあそういうわけで、昔、この猫を飼うようになったんだけどね、・・・もうこの子も何歳になったかしら、年をとったわね。」

診察の終わった後、マダムはそんなエピソードを教えてくださいました。

「寒い中、じっと立ってる子供達が、可哀想に思えてねえ・・・」

思い出し笑いをするように、マダムはそうも言われました。

人の心って、どの瞬間に動くのでしょうか?

心の機微というものを感じずにはおれない、素敵な話でした。
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添い寝

「またシロに咬みつかれそうになりました。」

ワクチンに連れて来られたときに、マダムTが渋い顔をしてそう言われました。

シロちゃんは14歳をすぎた中型のミックス犬です。子犬の頃からマダムが可愛がってきました。でも、すぐ咬むのです。

「え、またですか?」

「そう、すぐ怒るんです。同居のナナも犠牲者ですけど、私にも咬みつくんです。ちょっとした行動の出会い頭のような時にガブって。

この前も咬んで来たその瞬間、私もカッとなって手を上げたんです。そしたらその上げた手に向かって咬みつこうとするのです。
その時はちょうど右手にテレビのリモコンを持っていたので、それで思い切りひっぱたこうとよっぽど思ったんですけど、リモコンが壊れるといけないので止めましたよ。」

「ハハハ、リモコンは買い換えると一万円はしますからね。」

「そう。それで、そばの雑誌を丸めてどやしましたよ。もう、なんてことでしょうね。

一日四回も散歩に連れて行ってやってるんですよ。餌も上げてねえ。
同居のマルが弱って死にかけた時は、私は二か月その子に添い寝して、看取ってやったんです。

それぐらいしてあげてるのに、平気で咬みついてくるんですよ。」

まったく憤懣やるかたないという表情で、マダムは話された。

「へー、重病の犬に添い寝して二か月・・・ですか!
 すごいですねえ、もし私が死にそうになったら、二か月も添い寝してくれる人、いるかしら?」

私はびっくりした。下の世話、フードの食べさせでも大変なのに、犬に添い寝まで、どうしてしてあげられるのだろう。

「添い寝してくれる人? そりゃあ、いるでしょうよ、但し、普段の心がけ次第ですけどね。」

マダムが笑いながら言う。

犬は、普段の心がけが悪くても世話してもらえるのに、男はそうはいかないらしい。男の方が、分が悪い。

「そうですよ、先生は、病の床に通帳と印鑑としっかり抱いて、それをチラチラ見せながら世話をしてもらうしかないですよ。フフフ・・・」

隣でマル子がひどいことを言う。

「そうそう、それしかないかもねえ、アハハハ・・・・。」

マダムも一緒になって笑う。

「ハ、アハハハ・・・」

私も一緒に笑ったが、・・・内心思った。

いやいや、これは笑い事ではないぞ、
どう考えても、痩せ衰えて死にそうになった私に、二日と添い寝してくれる人はないだろう。

うーむ、
やっぱり、もう少し真面目に教会にでも行っておこうかな!?
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裏庭の枯れ葉?

「ねえねえ、裏庭の運動場のドアの所に何かいるみたい!小さな塊がうずくまってる。」

妻から内線電話が入る。

「ふーん、またあいつかな?」

私は見当をつけて、猫娘に見に行くようにと伝えた。

「えっ?私が・・・ですか?」

虫などが大嫌いな彼女は、非常に消極的な返事をする。で、自動的に下請けに仕事を出す。
いろんな動物を触れるようにしてやろうという私の親心がわからないらしい。

「ねえ、ねえ、マル子さん、裏庭に何かいるらしいんですよ。」

「え?また私に・・・、先生たらカットしているのに・・・。」

ブツブツ言いながら裏庭に見に行くが、その時は発見できない。

「ねえ、どうだった?」

「何も、居ませんでしたけど。」

「そんなことはないよ、ちゃんと居るから。枯れ葉と間違えてしまうから、気をつけて。」

ということで回収してもらったのが、弱ったコウモリでした。
体重わずかに7g。

うずくまり、毛羽立った茶色の小さな体を見つけると、マル子はすぐに手の平で掬い上げ、体温で温めながら保育機に移す準備を始めた。

(落ちていたのなら、もう駄目だろう)
私はそう思っていたが、ゆっくり温めながら彼女が繰り返し飲ませるシロップが効いたのか、コウモリはだんだんと体を動かすようになる。

「これなら、もしかしたら、飛べるかもですよ。ほらほら、また動き出した。」

行動が活発になる夕方、マル子と猫娘が外に出して様子を見ていたところ、いつのまにか飛び立ったのだろう、消え去っていた。

お母さんの所に帰ったかな?・・・・

桜散る春のひと日、一匹のコウモリのお話し。
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勉強会のノート

「そんなことありませんよ!先生。 ちゃんと勉強してましたよ。」

「そうですよ、私たち三人は最前列の椅子に座って、講義を聞いていたんですから!」

先日、獣医と動物看護士の合同大会が福岡市でありました。当病院からも全員が参加しましたが、その時のスタッフ達の勉強ぶりを私が尋ねた時です。

「君たちは、居眠りせずに、真面目に聞いていたかしら?」

と聞くと、三人が口を揃えて上記のように答えたのでした。

「へえ、そうだったの。最前列に座って・・・ねえ。それは感心感心。およそ二百人くらい来てただろうに、見直したよ。」

彼女たちの予想外の返答に私は満足し、本当に見直した。

「それでですね先生、私たち一番前に座って話を聞いていたんですけど、カメ子先輩がよくノートをとってたんですよ。」

猫娘が、話し始めた。

「私はただ話をきいてたんですけど、カメ子先輩は先生のほうを真っ直ぐ見て話を聞いてはノートをとり、また先生の話に真剣に耳を傾けてはノートをとってるんです。

(ふーん、カメ子先輩さすがやねえ。やっぱり勉強家だわ、やるときはやるのねえ・・・。)

私はひそかに感心してたんです。

それで休み時間のときに、先輩はどんな風にノートをとってるのか見せてもらおうと思って、こっそりめくったら、

丸いお顔に、額は薄い前髪、
講師の先生の似顔絵を、上手に描いているだけでした。」
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