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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

ハムスター・クリちゃんの骨折(その2)

麻酔が効いて、手術台のハムスターのくりちゃんは眠っている。右足の膝の下あたり、下腿骨の中央付近が斜めに折れて皮膚から突き出ている。そしてその周辺の皮膚が裂かれたようにぱっくり開いていた。

インシュリン用の小さな注射器から極細の針先だけを切り取り、それを折れた骨に挿し込んでみる。入った! 

さらに同じ針先を、今度は反対側の骨折端にも挿し入れてみる。やはりなんとか入ってくれた。
うむ、これなら、やれるかもしれない。

足先は相変わらず血色良く、循環不全の徴候は見られない。
切断せずにすめば、娘さんも悲しまないですむだろう。

私はさっと消毒をすませて、カットして針の長さを調整し、一方の断端に挿し込みもう一方もそれに挿し入れて見ようとした。が、飛び出た針が長すぎるからか、挿し込み口にもってこれない。

微妙な長さを再調整し、足先をぐっと伸ばしながら、なんとか骨折端同士を向かい合わせることができた。

途端に、足に動きがもどる。いや、折れた足を臨時でつないだだけで、治った訳ではないが、少なくとも歩行などの足の運動はつま先まで伝わるようになった。骨の役割はすごい。

あとは抗生物質を垂らし、医療用ボンドで裂けた皮膚を閉じて終わりとなった。

かくしてくりちゃんは、三日後には普通に近い状態で生活できるようになったと、マダムと娘さんが来られてとても喜んでくださった。

それから10日たった頃、残念ながらクリちゃんは安静にせずに砂場で遊びすぎたためかまた足を痛めて来院した。ハムスターのことだから、養生など知るはずもない。

せっかく助かる足なら、なんとか切断せずに済んでくれたらと願っているが、さてどうなるかしら・・・。
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ハムスター・クリちゃんの骨折 (その1)

それは一週間が始まったばかりの月曜日でした。
梅雨時にしては忙しかった午前中を終え、昼休み、目を怪我した黒猫の処置をしようとしていた矢先に一人のマダムがプラスチックケースを抱えて駆け込んできました。

「ハムスターです。足を挟んじゃったんです。」

不安そうな表情をいっぱい浮かべ、マダムは入れ物を差し出す。

「挟んだって、ドアか何かに挟んだのですか?」

そう尋ねながら私は透明な小さなケースを覗きこむ。中にはしかし元気そうなジャンガリアンハムスターが一匹動き回っている。

(ふむふむ、なんだ、ひどい怪我はなさそうだけど・・・)

うすでの革手袋をして、私はクリちゃんと言う名前のハムスターを優しくケースから取り出した。

「キキキキッ! キキキキッ!」

いえ、こんな声は聞こえなかったけど、大きな梅干くらいのネズミが私の指先でバタバタもがく姿を想像していただきたい。クリちゃんの体重は27グラム、ハムスターは首根っこを摑まれるとおとなしくしているタイプと、おとなしくしないタイプがいる。

「ここを持たれるのは嫌いか?じゃあ、こうしたほうがいいかい?」

私は戦術を変え、手の平にクリちゃんを乗せて落ちないように気をつけながら、全身を観察する。
すると、クリちゃんの左足はかかとから先が千切れかかっているのに気がついた。出血はほとんど見られないが、足先が百八十度反対を向いて、ぶらんぶらんしている。針のように細い骨も飛び出していた。

「あ、あ、あ、・・・。これは開放骨折してますね。足はこれはもう駄目でしょう。マダムほら、骨が見えますか?もうすぐ壊死してとれちゃうでしょうから、切断してあげた方がいいでしょうね。」

「・・・・、そうですか、駄目ですか・・・。実はこのハムスターは娘が三月に飼い始めたばかりで、可愛がっているのですが・・・」

お嬢さんが学校に行っている間に、ハムスターが怪我をして足を切断したとしたら、それは悲しがるかもしれない。が、仕方ない。

世の中には、仕方ない事がたくさんあるのです。

さて、取り掛かり途中の猫の目を先に治療して、猫の麻酔が覚めかかる頃、ハムスターにも麻酔ガスを嗅がせた。
時間がかかるだろうと予想していたが、意外にすぐ寝始める。

(うむ、これは自宅で結構出血して、元気そうな見かけよりも、体力はないかもしれないぞ。)

すぐにクリちゃんを手術台に載せ、口元に麻酔マスクをテープで固定し、そして改めて怪我した足を見る。肉は半分裂け、やはりぶらんぶらんだ。

(さあ、切るかな・・・)

けれど、ふと見ると、ぶらんぶらんの左足は、足先までまだ綺麗なピンク色をしている。

(おや、血行が損なわれてないのかな?なんでこんなに血色がいいんだ?

うーむ、・・・うーむ・・・いやいや・・・うーむ・・・

うーん、これはいけるかもしれないぞ。駄目で元々だけど、試してみれるかもしれない・・・)

私はちょっと迷ったが、とにかくやってみることにした。

                 続く
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アオバト

それは気候も良い五月の中旬のことでした。
夜九時の閉院時間も間近になった頃、一人の青年が小さなボール箱に一羽の鳥を入れて来られました。

(何だろう?)

とても奇麗な鳥が入っています。優しい緑色をしています。鳩の仲間のようです。箱の中でぐったりと横たわり、苦しそうな息をしています。

「これは・・・、どうされました?」

「はい、何かが屋根に当たるような大きな音がして、玄関のひさしの所からこの鳥が落ちてきたんです。」

「落ちてきたんですか?・・・」

その美しい鳥は、薄いまぶたを閉じ意識は朦朧、口からは喀血していました。顔から体にかけて奇麗な緑色、翼には赤い模様が入っています。

「種類はなんだろうか?」

「アオバトじゃないでしょうか?」

私にはこの奇麗な鳥の種類がわからなかったが、物知りのマル子が横からそうつぶやく。そしてごそごそ野鳥の本を院長室から取り出してきて、アオバトのページを私に見せてくれる。
そこには、湖の上を滑空するアオバトの写真があった。

「うん、なるほど。確かにアオバトだろうね。」

種類はわかったが、顔を横にして伏せたまま、鳥はゼイ・・ゼイ・・と、苦しい息をつなぐばかりであった。

もう治療の段階ではないと思われた。ちょっとでも体を触ればそれに反応して息が止まりそうである。
できる事といえば、酸素を吸わせる事ぐらいだろうか。

しかし、病院に連れて来られてからわずか五分後に、美しいアオバトの呼吸は止まった。

私は野生のアオバトを間近に見るのは初めてでしたが、その姿は、死んでもなお美しいものでした。

以前、山里近くの農業用水路でカワセミを見、その宝石のような美しさに息をのむほど感激したことがありますが、

このアオバトの美しさは、限りなく優しさを湛えた美しさでした。

ちなみにアオバトはインドシナ半島から日本にかけて分布する鳥だそうですが、英名は Japanese green pigeon 。
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ご褒美

ジェリー君(仮名)は15歳の雄猫です。腎臓に水の貯まる嚢胞ができる病気で、8年ほど通院しています。もともと食は細いほうですが、最近はいよいよ食欲が低下したようです。

先日点滴に来た時、飼主である美しいマドモアゼルが言われました。

「昔はキビナゴをよく食べてたんですが、最近は甘エビなら少し食べてくれるんです。
 でも毎日だと高くなるでしょ、それでイワシを買ってきたら、やっぱりあまり食べてくれませんんでした。フフフ・・・」

ジェリー君は、点滴の間じっと飼主の膝の上に伏せて、治療を受けています。

「よくあんな大きな錠剤を、一日三回も飲ませてあげられますね!」

ジェリー君は低カリウムになりやすいので、毎日大きなカリウム錠を飲んでいます。

「ええ、顔を上に向けて、口を開けさせてポトリと錠剤を落とすんです。それでうまく飲んでくれるんです。でも、そのあとご褒美にいつもコーヒー用ミルクを同じようにあげてるんです。

ジェリーはそれが好きで、くれるのを待ってるんです。あ、だけど、スジャータじゃなければ駄目みたいです。他のメーカーのミルクも試したんですが、スジャータが好きみたいです。」

スジャータの関係者が聞いたら喜びそうな話です。
「ほれ、やっぱりわが社のミルクの美味しさは、猫でもわかるんだぞ!」
って。

さて、毎日毎日、ジェリー君が美味しいご褒美をもらっている光景を見ていた小さな少女がいました。
姪御さんだそうですが、その子が車に乗ってシートベルトを初めてつけられた時、お母さんに言ったそうです。

「私もできたから、ご褒美ちょうだい!」

「あなたは、猫じゃないでしょ?」

「でも、ご褒美欲しいもん。」

そうです。猫じゃなくたって、ご褒美は欲しいんです。

猫だって欲しいし、小さな女の子だって欲しい。

奥さんだって欲しいし、旦那さんだって本当は欲しいんです。

みんな黙っているだけです。

ご褒美は、毎日毎日を励ましてあげる、あったかいツールですね。

今日は皆さんも、大事な人にご褒美を持って帰ってはいかがでしょうか?!


え?うちのスタッフですか?
彼らには、いつも飴とムチと両方用意しているんですが、
何しろ向こうからも石が飛んでくるしね・・・。
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カエルの小銭入れ

「先生、昨日ですね、近くのショッピングモールに行ったんですが、妹がそこで小銭入れをなくしたんですよ。」

朝から雨が降り続く梅雨のある日、マル子がそんな話を始める。

「小さな緑色の小銭入れで、カエルのデザインで、ちょうど口のところががま口になっているんですよ。妹は、『本屋さんで落としたかな?』って言ううんですが、よくわからなかったんです。

『どうせもう出てこないだろうから、いいわ』って言うんだけど、私、念のため本屋さんに行って聞いてみたんです。
そしたら『受付案内所に行って、お尋ね下さい。』って言われて、そっちへ行ったんですよ。

それで案内所に行ったら、奇麗な女の人が座っていて、私が聞くとニッコリ笑って、『カエルの小銭入れですね、はい、私が受け取っていますよ。』って、言われたんです。

『持ってこさせますから、お待ち下さい。』と言われて待ってました。
それから『中に何が入ってますか?』と聞かれたんですが、妹のだから、私はっきりわからなかったんですが、色、デザイン伝えた通りだったんで、渡してくれました。

中を見たら、小銭はちゃんと入っていて、私、優しい人もいるんだと、感心しました。」

「へーえ、ちゃんと、届けてくれる人がいるんだね。」

前回のこのコラムでも、脱走柴犬を交番に連れて言ってくれる通りがかりの親切な人たちのことをお話させてもらいました。

このような正直な人の多い国に生きているということは、それだけで経済成長率とか国民総生産とか、そんなことでは測れない目に見えない幸せを享受しているんだと思ったのです。

成功するとか、上に行くとか、得をするとか、そういうこととは別の虹色の暖かい世界が、見えた気がしました。
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警察署に正面玄関にて

「元気すぎて、もう三回、脱走しましたよ。」

柴犬のカンタちゃん(仮名)がワクチンに来た時でした。小学生の男の子がカンタの紐を引っ張りながら入ってきて、その様子を見守りながらムッシュが話してくれました。

カンタちゃんは1歳をすぎた柴犬です。誰にでも愛嬌がよく、元気盛りです。

「もう、元気すぎて、困っとります。

 庭で飼ってるんですが、一回目は紐を食いちぎって出て行きました。ジョギング中の人が見つけて、近くの交番に届けてくれてました。

二回目は、鎖で繋いでたんですが、何で抜けたか分らないんですよ。人がとらないとはずれないと思うんですが、鎖を引きずって逃げ出しました。・・・その時は、ピンポーンって、チャイムが鳴ったんですよ。そして

『ピザ屋ですが。』って呼ぶんです。

『うち、ピザは頼んでませんが。』

『いえ、今、お宅から犬が逃げて行ってましたよ。』

って、教えてくれてですね。それであわてて追いかけました。

それから三回目は、ウロウロしていた所を、通りかかった女子大生が見つけてくれて、早良署につれて行ってくれたようですよ。

捜してたら『保護されてますよ』って、教えてもらって、迎えに行ったんですが、カンタの奴、出てくる時、警察署の玄関に足上げてオシッコ引っ掛けて出てくるもんですから、

『おまえ、それはいかんやろ!』

って、叱りましたよ、ハハハ・・・。」

「え? 警察の玄関にオシッコですか?それは失礼ですね。」

なるほど、確かにそれは礼儀知らずというものです。いくら犬とはいえ、一宿一飯の恩義を感じ、もう少ししおらしく出てきてもらいたいのですが・・・。おしっこはかけたらいけないでしょう。

と、言っても・・・、無理な話ですね。
やっぱり、犬ですからね。

ここは、ムッシュにしっかり管理していただく以外、ないでしょうかね。それにしても、世の中には、逃げ出した犬を捕まえて、わざわざ交番や警察署まで連れて行ってくれる親切な方々が、たくさんいるんですね。

診察台の上で、えらく男前で、りりしい柴犬のカンタ君。

もうそろそろ脱走は卒業して、玄関でしっかり番をするようにならないとね。
男は、遊んでばかりじゃ、駄目なんだよ!
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車好きの犬

「すみません、犬が車から降りないので、何かありませんか?」

中型犬のオーデ君(仮名)がマダムIに連れられてやって来ました。けれども、車のドアを開けても、『いやだよ!』という顔をして、頑として降りようとしません。

「うちのオーデは、車に乗るのが大好きなの。すぐ乗るのよ。だけど、降りたがらないの。それが困るのよね。」

無理に降ろそうとすると、牙を剥いて咬みつこうと威嚇します。危ないので、まず大きなエリザベスカラーを犬の首に巻いて、それからマダムが抱きかかえました。

「まったく、手がかかるんだから・・・」

しかし診察室に入ったら、じっとおとなしく台に伏せています。いつもの痛み止めを打ってもらって、オーデちゃんはすぐ帰りました。


「先生、うちのラザニーも車が好きで、降りたがらないんですよ。」

オーデちゃんが帰った後、マル子が話し始めました。そうです。マル子の家には、凶暴なシーリーハムテリアが一頭います。

「車が好きで、すぐ乗るんです。でも、私が運転してて、ラザニーだけ助手席に乗せて置くでしょう、そしたら家に着いた時、降りようとしないんです。

無理に降ろそうとしたら、咬みつくんです。

『こら、降りなさい!降りるんだよ!』

お父さんが怒って降ろそうとしても、かえって凶暴になってガウガウ反撃してきて駄目なんです。

ただ、方法があるんです。家に着く前に誰かの膝に乗っていたら、大丈夫なんです。膝の上で、抱かれたまま降りたら黙ってるんです。

それで、家に着いて降りない時は、誰かがもう一度車に乗り込んで、ラザニーを膝に抱いて、近所を一周して帰ってくるんです。それで降りてくれます。」

まあなんとも、優しいというか、皆さん大変な苦労をしているようです。
でも、確かに犬の中には、ごくわずかにですが、そういうタイプのワンちゃんたちがいるようです。生活のある局面で、あたかも野生のような一面を見せる犬たちが。

そういう犬に出合った時は、むきになって叱ってももあまりいい結果は出ないのようです。彼らに合わせた工夫や対処をするほうが、怪我もないし、動物の人間不信?も悪化させないように思います。

専門家の皆さんの意見はどうでしょうか?

そう言えば、うちの奥さんも韓流ドラマが有ってる時は、テレビの前から立ちたがらないんです。
あれも無理強いすると後で機嫌が悪くなって大変です。

牙こそ剥きませんが、あとで角が出てくることがあります。
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ゴーヤ

「先生、今度ゴーヤを植えたんですよ。みんなは今忙しそうだから、先生、見てください。」

早番の仕事が上がり、帰り支度のときにカメ子が携帯の写真を差し出した。

「ふーん・・・・」

写真には、ベランダに置かれた小さなプランターが写っており、よく見ると緑色の小さなゴーヤの苗が二株植わっている。

「朝はしゅんと萎れていたんですが、水をやってまたシャキッとなりました。これからネットを買ってきてグリーンカーテンの準備をしてやらないといけないんですが、ベランダは住民共有の緊急避難路でしょう。だから、邪魔にならないよう、ネットは上にまず紐を張ってそれに結んで、下は水を入れたペットボトルで安定させようと思います。」

(ベランダは緊急避難路か・・・、なるほど、そうだな、カメ子は院長の言うことは聞かないけど、順法精神はしっかりしているなあ・・・)

「安い店を探してプランターも土も苗も揃えたので、一式で千二百円くらいでできました。でも、可愛いんですよ。わたし写真もとって、ゴーヤの成長記録を残そうかと思っています。」

カメ子はニコニコと楽しそうに話す。

「うん、ゴーヤ日記をつけるといいね。そうだ、苗に名前をつけるといいよ、ゴー之介とゴー姫とか・・・。」

しかし私の提案には返事をせず、カメ子は自分の計画を話し続ける。

「ペットボトルで水をビシャビシャとかけたら萎れたから、今度は優しくジョウロを使わないといけないですね。
あっ!そうだ、 来月の連休の時、どうしよう。実家に帰ろうと思ったけど、水をあげられないわ。」

「ペットのタイマーの水遣りを利用したら?」

「いえ、先生。それがですね、プランターにもタイマーで水遣りが出来る道具が最近は売っているんですよ。」

カメ子はにわか菜園家になって、いろいろ知識を仕込んでいるらしい。
それにしても、農場や大規模な公園ならわかるけど、ベランダ菜園にもタイマー水遣りとは驚きます。

「マル子が実はすでにゴーヤを育てているらしくて、ああしたら失敗したとか、こうしたらいいよとか教えてくれたので、ちょっと心強いです。」

カメ子はいかにもゴーヤの未来が楽しそうだ。今年のカメ子の幸せはひとえにゴーヤにかかっている。

ふん、なるほど。二人でゴーヤブームか・・・。まあ涼しく夏を迎えるには丁度いい趣味だし、実益もあるし、いい事だ。

カメ子、マル子、立派に育てて、想い出の夏にしたまえ!!
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迷わない新人

動物看護美容学校を卒業した新人のタマエが当院に就職して2ヶ月になる。本人は真剣な顔をして日々仕事に取り組んでいるが、周囲の者も真剣に見守っている。

「これこれをお願いするね。」

「はい、かしこまりました。」

本人はただちにどこかへ行くが、どの部屋で何を始めるのか、わかっているのか、わかってないのか、一向に戻って来ず心配になることがよくあった。

「わからない時は、必ず聞いてね。」

「はい、かしこまりました。」

そう言って、今日も病院中を走り回っている。
何を始めるかわからないそんなタマエに、最近「暴走列車」というあだ名も与えられた。

そんなタマエを見守りながら、ある時わたしはマル子と話していた。

「ねえ、タマエは黙々と仕事している時が一番怖いね。迷うことなく取りかかるからね。
 
『えっ! この犬は、丸刈りじゃなかったんですか?』

 なんて叫び声を後から聞くことだけは、勘弁して欲しいよ。

どんな仕事でも、これでいいのか、似たものがないのか、勘違いがないのか、確認作業がいるよね。
うむ・・・、考えてみれば、人生には迷うとか、ためらうって事は、案外大事なのかもしれないね。」

「迷う事が大事・・・ですか?」

「うん、人が迷うって事は、立ち止まって考えて、過ちを防ぐ為には大切なことなのかもしれないね。
迷う事も大事だって、この年になってようやくわかったよ。」

「人生、まだまだ勉強ですね。」

「ハハハ・・・、そうだね。」

そんな二人の話をよそに、今日も元気なタマエ列車が走る。
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